離婚等請求事件

上告代理人〇〇〇〇の上告受理申立て理由について
1 原審が適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)被上告人(昭和44年11月25日生)は,平成元年7月ころから〇〇税務署に勤務し,平成3年夏ころ,同署においてアルバイトとして働いていた上告人(昭和45年6月30日生)と知り合い,交際を始めた。
(2) 被上告人は,x x税務署への転勤後の平成6年11月19日に上告人と〇〇市内で結婚式を挙げ(婚姻の届出は同年12月2日), x x市内の公務員宿舎で新婚生活を始め,平成8年3月26日に長男をもうけた。
(3) 被上告人は,婚姻をした当初は, 上告人がきれい好きな人であるとして好感を持っていた。しかし,被上告人は,上告人の要望により,①帰宅すると,玄関で靴下を脱いで室内用靴下に履き替え,玄関のすぐ横の被上告人の部屋で,室内用の服に着替えをして敷いた新聞紙の上にかばんを置くものとされたこと,②衣類は一度洗濯してから着るものとされ,被上告人が子供と公園の砂場等で・遊んで・帰ってきたときには,居間等に入る前に必ず風呂場でシャワーを浴びるものとされたこと,③居間等で寝転ぶときは,頭の油で汚れることを理由に,頭の下に広告の紙を敷くものとされたことなどから,次第に, 上告人との生活に不快感を覚えるようになった。
(4) 被上告人は,平成10年7月に△△税務署へ転勤となり,家族3人で△△市内の公務員宿舎で生活をするようになった。
(5) 被上告人は,平成11年7月から平成12年6月まで,埼玉県○△市所在の○口校で研修を受け,その間,同校の独身寮で単身生活をし,同期の女性の研修生Cと知り合った。上告人と長男は,その間,〇〇市所在の上告人の実家で過ごした。
(6) 被上告人は,上記研修後の同年7月に○×国税局に転勤となり,家族3人で○×市内の公務員宿舎で生活をするようになった。
被上告人は,同月1日, 上告人に対し,「友達が来るから飲んで泊まるかもしれない」などと言って外出し同日から翌日にかけて, cのために×○市内の観光案内をし,同市で一泊した。
(7) 被上告人は,上記公務員宿舎が古くて狭く,汚い状況にあることについて上告人が不満を述べたことから,上司に相談したところ,上司から,同年秋に完成予定の新築の宿舎があり,被上告人が入居できる見込みがあることを告げられた。そこで,被上告人は, 上告人に対し,上記宿舎が完成するまで実家に帰ることを勧め,これに応じて,上告人と長男は,実家で暮らすようになった。
(8)上記宿舎が完成したことから,被上告人は,同年9月,上告人及び長男と共に,上記宿舎に入居し,家族3人の生活を再開したが,同年10月初めころ,被上告人は,突然,上告人に対し「好きな人がいる,その人が大事だ」. 「2馬力で楽しい人生が送れる」.「女の人を待たせている」などと言って,離婚を申し入れた。その際,被上告人は,上告人からその女性との関係を問いただされ,その女性と「ホテルにもよく行く」などと性関係を持っていることを認める趣旨の発言をした。
被上告人は,遅くとも同年7月ころからcと性関係にあったものと推認される。
(9) 被上告人は,上告人に対し,同年10月か11月に九州でCと会う約束をしていることを明らかにしたので,上告人は,双方の両親に事情を話して相談した。その結果,家族会議を聞くこととなり,同年11月4日,被上告人のxxの実家で,上告人,被上告人夫婦及び双方の両親が一堂に会して被上告人の女性問題について話合いをした。その際,被上告人の母親が,被上告人に対しcとの結婚は許さないと断言したことから,被上告人は,上記の九州への旅行を断念した。
その後,平成13年3月及び同年4月に,上告人.被上告人夫婦聞の離婚問題について双方の両親を交えた話合いが行われたが,合意には至らなかった。
(10)被上告人が離婚話を持ち出して以降,夫婦聞にはほとんど会話がなくなり,上告人は被上告人に対し極めて冷淡になった。上告人は,被上告人がトイレを使用したり,蛇口をひねって手を洗ったりするとすぐにトイレや蛇口の掃除をしたり,被上告人が夜遅く帰宅すると,起床して被上告人が歩いたり触れたりした箇所を掃除したりするようになった。
(11) 被上告人は,同年6月,上記宿舎を出て○×市内のアパートで一人暮らしをするようになり,それ以降,長男と会うこともないまま,別居生活を続けている。
被上告人は, 別居後,上告人に対し,毎月,給与(手取り額約30万円)の中から生活費として8万円を送金し,かつ,上告人が居住する上記宿舎の家賃や光熱費等を負担している。
上告人は,被上告人と一緒に暮らしたいとは思っていないが,子宮内膜症にり患しており,就職して収入を得ることが困難であり,将来に経済的な不安があることや子供のためにも,離婚はしたくないと考えている。
2 本件は,被上告人が,上告人に対し.両者の聞の婚姻関係は既に破たんしており,民法770条1項5号所定の事由があると主張して,離婚を求めるとともに,長男の親権者を被上告人と定めることを求める事案である。
3 原審は,前記の事実関係の下において,次のとおり判断し,被上告人の離婚を請求を認容し, 長男の親権者を上告人と定めた。
(1)上告人は,離婚を拒絶しているが,それは,法律的な婚姻関係の継続により経済的な安定を維持できるからであって,被上告人に対する情愛によるものではなく,被上告人と同居して生活する意思はないこと,被上告人が上告人及び長男と別居してから約2年4か月が経過しており,その間,被上告人は長男とさえ会っておらず,家族としての交流がないこと等を併せ考慮すると,上告人と被上告人とが,将来,婚姻関係を修復し,正常な夫婦として共同生活を営むことはできないものと解され,その婚姻関係は既に破たんしており,民法770条1項5号所定の事由があるというべきである。
(2)被上告人は,遅くとも平成12年7月ころから,cと性関係にあったものと推認されるのであり,これが婚姻関係破たんの原因となったことは明らかであるから,被上告人は,上記破たんにつき主たる責任があるというべきである。
(3) しかしながら,上告人は,かなり極端な清潔好きの傾向があり,これを被上告人に強要するなどした上告人の前記の生活態度には問題があったといわざるを得ず,上告人にも婚姻関係破たんについて一端の責任がある。これに加えて,上記のとおり,上告人と被上告人とは互いに夫婦としての情愛を全く喪失しており,既に別居生活を始めてから約2年4か月が経過していること,その間,上告人,被上告人夫婦間には家族としての交流もなく,将来,正常な夫婦として生活できる見込みもないこと,上告人の両親は健在であり,経済的にも比較的余裕があること等の点を考慮すると,被上告人が不貞に及んだことや上告人が子宮内膜症にり患しているため就職して収入を得ることが困難であることを考慮しても,被上告人の離婚請求を信義誠実の原則に反するものとして排斥するのは相当ではないというべきである。
4 しかしながら,原審の上記(3)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
民法770条l項5号所定の事自による離婚請求がその事自につき専ら文は主として責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合において,当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たっては,有賀配偶者の責任の態様・程度,相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情,離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・経済的状態,夫婦間の子,殊に未成熟の子の監護・教育・福祉の状況,別居後に形成された生活関係等が考慮されなければならず,更には,時の経過とともに,これらの諸事情がそれ自体あるいは相互に影響し合って変容し,また,これらの諸事情の持つ社会的意味ないしは社会的評価も変化することを免れないから,時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないものというべきである。そうだとすると,有責配偶者からされた離婚請求については,①夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及んでいるか否か,②その聞に未成熟の子が存在するか否か,③相手方配偶者が離婚により精神的・経済的に極めて苛酷な状況に置かれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような事情が存するか否
か等の諸点を総合的に考慮して当該請求が信義誠実の原則に反するといえないときには,当該請求を認容することができると解するのが相当である(最高裁昭和61年同第260号同62年9月2日大法廷判決・民集41巻6号1423頁参照)。
上記の見地に立って本件をみるに,前記の事実関係によれば,①上告人と被上告人との婚姻については民法770条1項5号所定の事由があり,被上告人は有責配偶者であること,②上告人と被上告人との別居期聞は,原審の口頭弁論終結時(平成15年10月1日)に至るまで約2年4か月であり,双方の年齢や同居期間(約6年7か月)との対比において相当の長期間に及んでいるとはいえないこと,③上告人と被上告人との聞には,その監護,教育及び福祉の面での配慮を要する7歳(原審の口頭弁論終結時)の長男(未成熟の子)が存在すること,④上告人は,子宮内膜症にり息しているため就職して収入を得ることが困難であり,離婚により精神的・経済的に苛酷な状況に置かれることが想定されること等が明らかである。
以上の諸点を総合的に考慮すると,被上告人の本件離婚請求は, 信義誠実の原則に反するものといわざるを得ず,これを棄却すべきものである。
5 以上によれば,被上告人の本件離婚請求を認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は相当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 泉徳治 島田仁郎 才口千晴)

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