遺言執行者解任審判に対する抗告事件

1 事案の概要
(1) 本件の遺言者である亡Gは,先に死亡したH (平成11年×月×日死亡)との聞に,長女の1,長男の相手方D,二男の相手方E,三男の相手方Fの4人の子がいる。亡Gは,平成18年×月×日, Jと婚姻の届出をし,平成19年x月×日死亡した。亡Gは,死亡に先立つ平成18年×月×日,00法務局所属公証人0000作成に係る同年第xx号遺言公正証書をもって,すべての財産を妻であるJに相続させる旨の遺言をし,併せて遺言執行者として抗告人らを指定した。なお,相手方ら及び長女Iは,平成19年×月×日ころ到達した内容証明郵便をもって, J及び抗告人らに対し,遺留分減殺の意思表示をした。
(2) 本件は,相手方Dが,抗告人らにおいて財産目録を調製等することなく,また, Jの利益のためにのみ行動するという偏頗性,不公平性が認められるとして,遺言執行者の任務を怠り,かつ,解任すべき正当な事由があるとして,その解任を求めた事案であり,原審における審判手続中に相手方E及び相手方Fが利害関係人として参加したものである。原審は,抗告人らについてJの利益にのみ偏して行動していると思われる事情があり,遺言執行者としての公平性に多大の疑念があるから,解任すべき正当な事由があると認めるのが相当であるとして,抗告人らを遺言執行者から解任することを命じた。
(3) この原審判に対し,抗告人らが即時抗告を申し立てた。本件抗告の趣旨及び理由は,別紙「即時抗告申立書」に記載されたとおりであり,これに対する相手方らの反論は,別紙「意見書」に記載されたとおりである。
2 当裁判所の判断
(1) 本件に関する当事者双方の主張は,上記の即時抗告申立普及び意見害に記載されているほかは,原審判理由欄のl項, 2項に記載されたとおりである。また,本件の事実関係は,原審判理由欄の3項(1)に記載されたとおりであるから,これを引用する(ただし, 原審判8頁25行目の「関係金融機関Jの前にi,遺留分減殺請求をした本件相手方らの了解を得ないまま,Jを, 9頁末行の末尾に「ただし,同訴訟は,その後, 00地方裁判所00支部に移送された。」をそれぞれ加える。)。
(2) 以上の事実関係を前提として,抗告人らについて,遺言執行者の解任事由があるか否かを検討する。ア任務悌怠について相手方らは,抗告人らについて,相手方らに遺言執行者に就任したことの通知をせず,また,相続財産目録の作成や交付をせず,かつ,本件相続財産のうち払戻しを受けた預貯金や関係書類の管理方法等の事務処理状況を全く明らかにしないという任務懈怠があると主張する。この点に関する判断は,次のとおり付加,訂正するほか, 原審判理由欄の3項(2)のアに記載されたとおりであるから,これを引用する。① 原審判11頁2行自の末尾に「また,上記の事情にかんがみれば,抗告人らは,相手方らがKに関係した相続財産の調査に非協力的である中で,判明している限りでの相続財産の明細をまとめた上で本件目録を作成,交付しているものというべきであるから,この点に関して任務の懈怠があるとはいえない。」を加える。② 原審判11頁3行目から5行固までを,次のとおり改める。「次に,本件遺言書においては,相続財産として株式会社00銀行等9つの金融機関に対する預貯金債権や金融資産のあることが明記されているが,前記のとおり,抗告人らは,相手方らから遺留分の減殺請求を受けた後になって,相手方らの了解を得ることなく,それらの大部分を払い戻したり名義変更の手続をしていることが認められる(これらの預貯金等については,後記説示のとおり,遺留分減殺請求によって相手方らが共有ないし準共有持分権を有するに至った。)ところ,上記預貯金等について,相手方らが,原審において,平成19年×月×日付け上申性(2)により上記預貯金等の管理方法など現在の事務処理状況を速やかに報告すべきであると主張し,向性面はそのころ抗告人Aに到達しているにもかかわらず,抗告人らが上記預貯金等の管理方法等について相手方らに報告ないし説明をした形跡はない。遺言執行者のする相続財産の管理については,委任に関する規定が準用されるから(民法1012条2項),遺言執行者は,相続人に対し,荷求があるときはいつでも事務処理状況を報告する義務があるのであって(同法645粂),この点に関して,上記の事実に照らすと,相手方らの主張するとおり,抗告人らに任務の懈怠があるというべきである。確かに, 亡Gの死亡直後から,実子である相手方らと後妻であるJとの間で,相手方らに秘密裡に行われた婚姻届出の証人となった抗告人らも巻き込んで,激しい感情的な対立に発展しており,抗告人らが上記の預貯金や金融資産を払い戻すなどしてから暇もなく,相手方らが本件の遺言執行者解任の申立てをしていること,加えて,抗告人らの上記管理行為からさほどの期間が経過していないことなどの事情はあるにしても,遺言者の名義であった預貯金等(しかも抗告人らの作成した相続財産目録によれば総額は3790万円を超える多額である。)を払い戻したり名義を変更することは,当該財産の管理方法の重大な変更であり,管理方法いかんによってはその適正な管理,保全に著しい支障を生じさせるおそれがあるのであるから,相手方らからの求めがある場合には,その管理方法,管理状況を速やかに報告ないし説明すべきである。そして,その説明,報告義務は実子である相手方らと後妻であるJとの問で激しい争いがあるからといって左右されるものではない。したがって,抗告人らには上記の点において任務懈怠があるといわざるを得ない。」イ偏頗性・不公平性について① 本件遺言書の内容は,亡Gのすべての財産を包括的にJに相続させるというものであるが,それを知った相手方らから,直ちに遺留分減殺の意思表示がされたところ,原審判が説示するとおり,遺留分を侵害された相続人(遺留分権利者)が減殺請求権を行使すると,遣問は遺留分を侵害する限度において失効し,受遺者が取得した権利は遺留分を侵害する限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するのであって,例えば,遺産すべての包括遺贈に対して滅殺請求権を行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は,遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しない(最判平成8年1月26日・民集50巻1号132頁参照)。本件においても,相手方らが遺留分減殺請求権を行使したことにより,亡Gのした上記の遺贈は,相手方らの遺留分を侵害する限度において失効し, Jが一旦取得した権利はその限度で当然に相手方らに帰属することになるのであって,本件相続財産は, Jと相手方らとの共有ないし準共有の状態にあるといえる。したがって,相手方らは,本件相続財産について,それぞれの遺留分の割合に相当する持分を有するものである。もちろん,遺留分算定の基礎となる財産は,相続財産のみでなく,一定の範囲の贈与も含まれるから(民法1030条, 1039条,1044条, 903条),正確にはこのような生前贈与の存否の調査を待って,本件相続財産に対する相手方らの具体的な被侵害額が確定されるのであるが,少なくとも本件記録上,このような生前贈与があったことを認めるに足りる資料はないのであって,相手方らが本件相続財産について各自の遺留分の割合に相当する持分を有するものとみて差し支えない。なお,抗告人らも,平成19年×月×日付けで相手方らの代理人弁護士に宛てた書簡(乙7)において,当該減殺請求は効力が生じているので,今後はその趣旨に沿い,全財産の4分のl相当額を分与するための手続を行うことを考えていると述べているのであって,相手方らが本件相続財産について遺留分の割合相当の持分を有することを是認している。② 抗告人らは,本件遺言書の内容が遺言者である亡Gの意思であるとして,本件相続財産の名義変更や預貯金の解約等の手続を行うに当たって,相手方らの遺留分に配慮する必要はなく,そうしなければならない法的根拠はないなどと主張する。確かに,遺言者である亡Gとしては,本件相続財産のすべてをJに遺贈することを所期していたものといえるが,遺留分権利者の権利は遺言者の意思に優越するのであり(しかも,後記のとおり遺言者である亡Gは遺留分減殺請求のあり得べきことを想定していた。),遺留分の減殺請求が適法にされた以上,その権利は当然に保護されるべきものであるから,遺言執行者としても,遺留分権利者の権利に配慮してその職務を遂行しなければならないのであって,抗告人らの上記主張は採用できない。また,抗告人らは,相手方らの減殺請求を受けたJとしては,遺贈の目的の価額を弁償することによって返還の義務を免れることができるから,その価額弁償に相当する金員の支払いを準備するために,預貯金等の金融資産を解約したりする必要があるなどと主張する。しかし,価額弁償の方法により,受遺者が返還の義務を免れる効果を生ずるためには,受遺者において遺留分権利者に対し,価額の弁償を現実に履行し又は価額の弁償のための弁済の提供をしなければならず,単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りない(最判昭和54年7月10日・民集33巻5号562頁参照)。したがって,本件でも, Jにおいて相手方らに対し,現実に価額弁償をし又はそのための弁済の提供をしなければ,本件相続財産について相手方らの共有持分権は消滅しないのであって,そのような処置に出ることなく相続財産を処分することは,相手方らの遺留分を侵害する行為であるといわなければならない。そして,上記のとおり,それがJのする価額弁償を準備するためのものであるとすれば,このような処分行為は,相手方らの主張するとおり, Jの利益にのみ備し,不公平であるとの詩りを免れない。そして,前記のとおり,本件遺言書には相続財産として9つの金融機関に対する預貯金債権や金融資産のあることが明記されていて,抗告人らがこれまでに作成した相続財産目録によっても,上記のとおりその総額は3790万円余りに及ぶというのであり,そのうち相手方らの遺留分の割合に相当する額もかなりの高額になることがうかがえる。したがって,この点も併せ考慮すると,抗告人らにおいて,相手方らが遺留分減殺請求権を行使したことを認識しながら,相手方らの了解を得ることなく,それらの全部又は大部分の払戻しをしたり名義変更の手続をした行為は,相手方らの遺留分に関する権利を侵害するものであるといって差し支えないばかりか,一方的にJの利益のみに偏したものであることは疑いないのであって,遺言執行者として職務遂行の適正性,公平性を欠くものであるといわざるを得ない。なお,抗告人らは,相続税の申告,納付の必要性も主張するが,その意図するところはJの相続税の支払いを慮っているにすぎないとみられるし,相手方らが抗告人らに対して,相手方らの納付すべき相続税の処理を依頼しているわけではなく,抗告人らにおいて,払い戻した預貯金等を相手方らのための支払いに充てたという事実も認められないのであるから,この点を考慮しでも,上記の説示は左右されない。③ 次に,相手方らは, ]がKやLに対し本件庖舗建物の明渡しを求め,かっ,その旨の訴訟を提起したことについて,抗告人らにおいて, ]の代理人としてその使用貸借契約ないし賃貸借契約を解除し,明渡しを求める書面を作成,送付するとともに,抗告人B及び同Cに至ってはそれらの訴訟においてJの代理人となったのであり,このような行為は遺言執行者として偏頗性・不公平性を示すものであると主張する。ところで,前記のとおり,本件相続財産である本件庖舗建物は,現在のところ, ]と相手方らの共有であり(]が現実に価額弁償をしたことを認めるべき証拠はない。),他に特段の事情のうかがえない以上,相手方らの遺留分の割合を考慮しでも, ]は過半数を超える持分を有しているといえる。そうすると,共有状態にある建物の使用貸借契約ないし賃貸借契約の解約は,共有物の管理行為であるから(民法252条),過半数の持分を有するJが共有不動産に関する利用契約を解除すること自体は,当然には問題にはならない(もちろん,その解除事由の存否や正当性については,別件の訴訟で決せられるべき問題である。)。しかしながら,本件において,特にKとの聞の使用貸借契約の解除行為について考えると, ]が主張する解除原因は,Kの代表者である相手方Dとの信頼関係が崩壊しているというものであって,いわばJと相手方Dという亡Gの相続人間における感情的な面も含めた諸々の対立が基礎にあることが明らかである。そうすると,抗告人らにおいて, ]の代理人として使用貸借契約を解除し,明渡しを求める書面を作成,送付したり,その上, ]の訴訟代理人となってKに対し共有建物の明渡しを求める訴訟を提起することは, ]と対立する相続人である相手方Dに対して,遺言執行者としての職務遂行の公平性に重大な疑念を抱かせるものであり,一方的にJに加担し,その利益に偏した行為といって過言ではない。したがって,抗告人らの上記行為は,相手方らの主張するとおり,相続人間の取扱いにおいて偏頗性・不公平性を示すものとの謗りを免れない。④ 本件においては,相手方らが本件遺言書の効力に疑問を持っているほか,亡Gの妻であるJと先妻の子である相手方らとの聞で激しい感情的な対立があり,遺言執行者である抗告人らとしては,その職務遂行に難儀を来していることがうかがわれる。しかしながら,このような事情を考慮しでも,以上の検討によれば,抗告人らは,遺言執行者として相続人間の取扱いに公平を欠き, ]の利益のみに偏した不適切な事務処理を行っているものというべきである。ウ遺言者の意思との関係について本件遺言書によれば,遺言者である亡Gは, 1条, 2条において相続財産をすべて奏であるJに取得させる旨を定めた上, 3条1項において遺言執行者を指定し,更に同条2項において遺言執行者に付与する権限について定めているところ,同項には,遺言執行者は,各種相続財産につき,これを相続人又は受遺者に引き渡すべきことが明記されている。そして,亡Gは,更に付言事項として,本件遺言書を作成した経緯,受遺者,相続人ら及び経営してきたKに対する心情を詳細に記述している。この記述によれば,亡Gは,①当初,子どもたちにKを運営する上で必要な分配をし, Jに将来の生活を考えた分配をすることを考えたが,誰に何を分配すればよいか決めかねていることから,相続財産の分配を遺言者が決めずにJに託そうと考えて本件遺言書を作成したこと, ② したがって,全相続財産をJに残して同女が自由勝手に財産を処分することを望んでいるものではないこと,③Jの生活に何が必要か,子どもたちには何が必要か,長男がKを運営する上でどうしたら相続財産が役立つのかをJを中心によく話し合ってほしいこと,④本件遺言書があっても遺産分割の方法や遺留分減殺の方法で話し合うことも可能であるから,具体的な手続は本件遺言書の原案を作り遺言執行者にもなっている抗告人らに相談して承継方法を考えてほしいこと,そして, ⑤何よりもKの将来の発展を願っていることなどを念頭に置いて本件遺言書を作成したことが認められる。上記のとおりの遺言内容に照らしてみると,亡Gは,遺産分割や遺留分減殺の方法で相続財産を相続人らの実情に適う方法で分配することをあり得べきこととして想定し,遺言執行者の権限に相続人ら(本件相手方ら)に対する相続財産の引渡しを意識的に盛り込み,相続人間の不公平がないような分配,特にKを運営する長男である相手方Dへの配慮を遺言執行者にも期待していたということができる。また,抗告人らは,上記のとおり本件遺言舎の原案を作成し,抗告人B,同Cは公正証書遺言の証人として立ち会っていたのであるから,このような遺言者の意思は十分認識していたということができる。そうしてみると,前記認定のとおり,抗告人らが,相続財産である預貯金等を相手方らの了解を得ずに, Jのために払い戻し,名義を変更したこと,そして,その現在の管理状況について相手方らに何らの報告,説明をしないまま放置していること,及びKに対して本件庖舗建物の明渡しを求め, しかも訴訟まで提起するについてJの代理人として関与したことは,いずれも遺言者である亡Gの上記意思に惇ることが明らかで,遺言者に対する背信的な行為であると評価することができる。エ以上のとおりであって,抗告人らについては,任務僻怠があるほか遺言執行者から解任されるについて正当な事由があるというべきである。
3 結論
よって,抗告人らについて,本件の遺言執行者からの解任を命じた原審判は正当であって,本件抗告はいずれも理由がない。(裁判長裁判官安倍嘉人裁判官内藤正之’後藤健)

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