遺産分割及び寄与分を定める処分審判に対する抗告事件

第1 事案の概要等
l 事案の概要
(1) 被相続人は,平成14年×月×日に死亡し,相続が開始した。その相続人は,被相続人の長女・D,二女.H,四女.A,長男・C及ぴ五女.Bの5人(妻及び三女は既に死亡)で,法定相続分は各5分のlであった。
(2) Aは,平成14年×月×日,被相続人の遺産分割を求める調停を申し立てたが,平成16年×月x日に調停不成立となり,原審判手続に移行した。その後, cは,平成16年×月×日,寄与分を定める処分に係る審判申立てをした。
(3) Hは,平成16年×月×日に死亡し,その夫であるE,その長女であるFが各2分のlの割合でその相続分を承継した。
(4) D, E及びFは,平成16年×月×日,その相続分をCに譲渡して原審の手続から脱退した。その結果,各自の相続分は, cが5分の3, A及びBが各5分のlとなった。
(5) 原審は,平成18年×月×日,cの寄与分を2808万0970円(遺産評価額合計9360万3235円の30%) と定め,被相続人の遺産は,原審判別紙土地目録記載の土地(以下,一括して「本件土地」という。),同建物目録記載の建物(以下「本件建物」という。)及び同株式目録記載の株式(以下,一括して「本件株式」ということがある。)であり,各当事者主張の特別受益を,いずれも持ち戻すべき贈与に当たらないとした上で,分割方法として,本件土地建物をCの取得とし,本件株式は,原審判主文のとおり三者に分割し, cに,代償金として, Aに対して147万9312円, Bに対して537万3135円の各支払を命じる旨の原審判をした。
(6) Aが原審判を不服として即時抗告をしたのが本件である。
2 抗告の趣旨及び理由
(1) Aは,原審判を取り消し,本件を原審に差し戻す旨の裁判を求めた。
(2) 抗告理由は,別紙のとおりであるが,その要旨は,次のとおりである(なお,Bも,概ねAと同趣旨の意見を述べた。)。アCとAとの教育出費には歴然たる差があり, cが中学校・私立大学を通じて受けた学費・生活費の援助は特別受益とすべきである。イ原審判がCの寄与分を遺産の30%としたのは過大である。(ア) 原審判は, cが昭和29年から本相続開始まで被相続人の農業を手伝ったとしたが,実際には,被相続人が自ら農耕するか,賃貸していたもので, cが手伝った実態はなく,あるとすれば,昭和50年頃まで農繁期で学校の合聞に手伝ったに過ぎず,資産の維持に当たらない。(イ) 原審判は, cが不動産の取得維持管理に3488万円を支出したとするが,農場整備費(原審判別紙C支出一覧表4ないし6(計457万6905円))は, cが負担した証拠がなく,国営農地開発事業負担金(同70 152万1520円)は,被相続人死亡後に発生した債務を含んでいると考えられ,本宅の修理や壁塗替え(同16,32。計92万6855円)は,被相続人死亡後にCらの居住改良のために行われたものであり,回の買い戻し(同8, 9。計428万5000円)はその土地や取得者等が明らかでなく,本宅下家・蔵修理(同23) のうち住宅改造工事254万3000円は,改造の場所・程度が不明であり,下水道,風呂,水洗化等の改良工事(同18,21, 22。計944万1503円(原審認定額))は,被相続人のためではなく,もっぱらCやその長女Iの2世帯のための改造で財産の維持・増加にも当たらず,造園敷石工事(同330 138万円)も,CやIが車の乗り付けが便利なように改造したもので財産の維持・増加に当たらない。したがって,少なくとも前記合計2109万円余りをCの支出から差し号|いて寄与の有無を判断すべきであり,その余の支出についても,証拠不明のものがある。(劫療養介護の寄与の評価も過大である。被相続人は高齢になっても健康で記憶もしっかりし,平成11年に要介護認定を受けた後も,排世には一定の介助が必要であったとしても,寝たきりでも,重度の認知症でもなく,デイケアに通い得る体力もあったもので,介護は相互扶助の範囲内に近いものである。また,Cは,家屋構造上,高齢者向きに排地可能な改良を行うべきであったのに,これを怠り,排尿立を抑えるため午後には水分を与えないなどしていたもので,特別寄与と評価できる物的人的手当はない。ウ遺産の範囲について, cは,被相続人の預金通帳を管理し,平成8年×月から相続開始までの聞に, 1794万1502円(うち350万円は被相続人が霊鰐な状態にあった平成14年×月×日)を引き出しており,その使途を説明すべき義務があり,泣産の範囲の問題として整理されるべきである。エ分割方法について,動産のうちに, 「百寿図」という掛軸があるはずで,これはAが米寿の祝いに贈呈したものであり,評価額は微少かもしれないがAに分配されたい。
第2 当裁判所の判断
l 相続の開始,相続人及び相続分原審判3頁2行目から14行固まで記載のとおりであり,相続分説渡後の相続分は, cが5分の3,AとBが各5分のlである。
2 遺産の範囲
(1) 原審判3頁16行目から4頁5行目まで記載のとおりであり,原審判別紙記載の土地,建物,株式以外に遺産分割jの対象とすべき遺産が存するとは認められない。
(2) Aは,平成8年×月から相続開始までの聞に,被相続人名義の預金から合計1794万1502円が引き出されたとして,これを遺産の範囲の問題として主張する(抗告理由ウ)。Cは,これに対し, 850万円余りは,c及びその妻の資金を被相続人の非課税枠を利用して預金していたものであり, 148万円は,被相続人が管理していた平成元年×月に自ら引き出したもので使途等は不明であるとし,その余については, 20万円から30万円ずつ引き出して被相続人に渡していたと主張する。そこで検討するに,仮に,前記預金について, cが被相続人の財産を正当な理由無く取得したものであったとしても,相続開始時点においては,それは,不当利得返還請求権等の金銭債権に転化しているため,法律上当然に分割されるものとされているから,当事者の合意がない限り遺産分割審判の対象となるものではない。そして,本件においては,そのような合意が存するものと認めることはできないから,これを遺産分割の対象財産とすることはできない(この解決は,遺産分割とは異なる民事訴訟等の手続により,別途解決が図られるべきものである。)。また, Aは,動産として, 同人が被相続人の米寿の祝いに贈呈した「百寿図」の掛軸があるとして, これを分割の対象どすべき旨主張する(抗告理由エ)。これに対し, cは,「百寿図」の掛け軸は,自己の還暦祝いに寄贈を受けた品物であるが,Aに返却する旨回答している。本件記録上,この掛軸が,被相続人の遺産に含まれるか否かについては明確な資料がなく,更に,その評価についても的確な資料が見当たらないところ,上記のとおり,その経緯にかかわらず,cが返却の意向を述べていることを考慮すると,これが遺産か否かについて当審において検討するよりも,遺産として扱うことなく,別途当事者間での解決に委ねるのが相当である。抗告理由ウ及びエは,いずれも採用できない。
3 特別受益
(1) 当裁判所も,本件では,各当事者につき,特別受益として持ち戻すべき生前贈与等は存しないものと判断する。その理由は,原審判4頁7行目から6頁11行目まで記載のとおりである。
(2) Aは,学費に閲して, cとAらは,共に高等教育ではあるとしても,実際の教育出費には歴然たる差がある旨指摘する(抗告理由ア)が,本件のように,被相続人の子供らが,大学や師範学校等,当時としては高等教育と評価できる教育を受けていく中で,子供の個人差その他の事情により,公立・私立等が分かれ,その費用に差が生じることがあるとしても,通常,親の子に対する扶養のー内容として支出されるもので,遺産の先渡しとしての趣旨を含まないものと認識するのが一般であり,仮に,特別受益と評価しうるとしても,特段の事情のない限り,被相続人の持戻し免除の意思が推定されるものというべきである。抗告理由アは,採用できない。
4 寄与分
(1) 当裁判所は, cの寄与分の評価については原審と見解を異にし,これについては,本件遺産の15%と評価するのが相当と判断する。その理由は,次のとおり付加変更するほか,原審判6頁13行目から9頁12行固まで記織のとおりである。ア原審判7頁23行目「4ないし13,16ないし33Jをf4ないし7,10ないし13,17ないし31,33」 と改める。イ同8頁13行目「認められる。」の次に「同表8,9は,買い戻しの対象となった不動産が相続財産中には無く,同表16,32は,いずれも相続開始から1年8か月後の出費であって,被相続人はその支出による利益を受けておらず,相続財産の客観的価値を現実に高めたとも認められないから,いずれも寄与分の評価において重視することはできない。jを加える。ウ同頁26行目「3488万円余り」を「2967万円余り」と改める。エ同9頁6行目から12行固までを次のとおり改める。「そして,被相続人は平成10年頃からは認知症の症状が霊くなって排他等の介助を受けるようになり,平成11年には要介護2,平成13年は要介護3の認定を受けたもので,その死亡まで自宅で被相続人を介護したCの負担は軽視できないものであること, cの不動産関係の支出は,本件の遺産の形成や維持のために相応の貢献をしたものと評価できるけれども,本件建物の補修費関係の出費は,そこに居住するC自身も相応の利益を受けている上に,遺産に属する本件建物の評価額も後記のとおりで,その寄与を支出額に即して評価するのは,必ずしも適切でないこと,更に農業における寄与についても, cが相続人間では最も農地の維持管理に貢献してきたことは否定できないが,公務員として稼働していたことと並行しての農業従事であったことをも考慮すると,専業として貢献した場合と同視することのできる寄与とまでは評価できないこと,cは,もともと,親族として被相続人と相互扶助義務を負っており,また,被相続人と長年同居してきたことにより,相応の利益を受けてきた側面もあること等本件の諸事怖を総合考慮すれば,cの寄与分を遺産の30%とした原審判の判断は過大であって, その15%をもってCの寄与分と定めるのが相当というべきである。そうすると,後記のとおり,本件遺産の評価額合計は, 9360万3235円であるから, cの寄与分は,その日%に当たる1404万0485円となる。」
(2) 抗告理由イは,前記説示に沿う範囲で理由があるものというべきである。
5 遺産の評価原審判9頁14行目から10頁4行目まで記載のとおりである。
6 具体的相続分本件遺産の評価額は,原審判別紙株式目録,同土地目録及ぴ建物目録記載のとおり合計9360万3235円であり(原審判10頁6行固ないし9行目),また, cの寄与分は,前記のとおり1404万0485円であるから,各人の具体的相続分は,次のとおりとなる。
(1) c(9360万3235円一1404万0485円)x 5分の3+1404万0485円=6177万8135円(2) A及びB(9360万3235円一1404万0485円) x 5分の1=1591万2550円
7 分割に関する当事者の意見
(1) A抗告理由エのとおり掛軸を希望するほか,原審判10頁26行目から11頁3行固まで記載のとおりである。
(2) B原審での希望は,原審判11頁5行目から6行固まで記載のとおりであったが, 当審での意見書では,現物分割できるものは現物で相続すべきであり,不動産の相続は主張しないが,代償金による株式等の減少は認めたくない,と主張する。
(3) c原審判11頁8行目から11行目まで記載のとおりである。
8 当裁判所の定める分割方法
(1) 本件土地及び本件建物については,本件の経緯及び不動産の利用状況等からみて, cの取得とするのが相当である。その理由は,原審判11頁14行目から12頁6行固まで記載のとおりである。
(2) 本件株式についてア本件株式の現況は,原審判12頁8行目から12行自まで記載のとおりである。イそして,前記の各当事者の希望のほか,当事者聞の公平の見地から,株式は等分に近い形で分割することとし,その他本件の諸事情を考慮して,別紙株式分配表記載のとおりに当事者に分配して取得させることとし,併せて, cに対し対応する株券の引渡を命じるものとする。ウ上記を合計すると,株式の取得額は,cが1411万8214円, Aが1318万4029円, Bが1307万5144円となる。
(3) A及びBの具体的相続分と前記取得分の差額は, cが代償金を支払う方法によるのが相当であり,その金額は,上記具体的相続分額と株式取得分との差額であるから, Aに対しては272万8521円, Bに対しては283万7406円となる。そして,記録によれば, cに上記代償金を支払うに足りる十分な資力があると認めることができる。なお,その支払期限としては,本件決定確定後3か月間の猶予を置くこととする。
9 以上の次第で,本件抗告は,前記説示に沿う範囲で理由があるから,家事審判規則19条2項により,原審判を変更することとし,主文のとおり決定する。( 裁判長裁判官田中批太裁判官松本久蔚木稔久)

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