認知請求控訴事件

第1 控訴の趣旨

1原判決を取り消す。2 (主位的申立て)本件訴えをいずれも却下する。3 (予備的申立て)被控訴人らの請求をいずれも棄却する。4 訴訟費用は,第1, 2審とも被控訴人らの負担とする。

第2 事案の概要

本件は、(亡)Fの子である被控訴人らが, (亡)A (以下「被承継人」という。)を相手方として. Fが被承継人の子であることの認知を求めて提起した訴えにおいて、被承継人が死亡したので,控訴人(検察官)を相手方として,当該訴訟を追行している事案である。

事案の概要は,原判決2頁3行自の「被告」の前に「昭和14年×月×日」を加え、4行自の「戸籍」とあるのを「台湾戸籍(本籍・台南市○○xx番地)」と改め. 7行目の次に,改行の上、以下のとおり加え,「被告」とあるのを「被承継人」と改めるほかは,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の項に摘示のとおりであるから,これを引用する。

「被承継人は,原審口頭弁論終結後である平成19年×月×日死亡し,原審は,その後に被控訴人らの請求を認容する原判決を言い渡した。そのため,本件訴訟の被告の地位は検察官が承継し,控訴人補助参加人らは,検察官に補助参加して,本件控訴を申し立てた。」

第3 当裁判所の判断

1 被承継人は日本人,Fは中国人であるところ,法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。) 29条2項は,子の認知は,同条1項によるほか,認知当時における認知する者又は子の本国法によると規定し,さらに同法附則2条は,同法の規定は,施行日(平成19年1月1日)前に生じた事項にも適用するとしている。そこで,Fの子である被控訴人らは,認知する者(被承継者)の本国法である日本国民法787条に基づき,被承継人の嫡出子でなく,かつ認知もなされていないFについて,被承継人の子であることの認知を求めるのに対し,控訴人は本案前の抗弁として, F出生当時の被承継人の本国法によれば,被承継人とFの聞には.すでに法律上の父子関係が形成されており,重ねて認知を求める本件訴えは,訴えの利益を欠く旨主張する。

2 そこで,本案の判断に先立ち,本案前の抗弁につき検討する。

職権によって調査すると, Fが出生した昭和16年当時の台湾地域には, 「民事ニ關スル法律ヲ臺灣ニ施行スルノ件」(大正11年勅令第406号)により,大正12年1月1日から日本国民法が施行されていたが,「臺灣ニ施行スル法律ノ特例ニ關スル件」(同年勅令第407号)により,本島人(日本の施政下にあった台湾地域出身者)のみの親族及び相続に関する事項については, 日本国民法第4編及び第5編の規定を適用せず,別に定めるものを除く他は慣習によるとされており,同地域における当時の慣習法として,正妻を有する男子が,併せて他女子(妾)と婚姻する夫妾婚姻制度が認められ,同婚姻により配偶者に準ずる地位を取得し,夫の家に入るとされていた妾の出生子は,当然に庶子の身分を取得するという血統主義を採用し,これにより認知を要せずして,妾(生母)の夫との父子関係が形成されるという身分法秩序が実施され,これらの身分関係は「戸口規則」(明治38年臺灣総督府令第93号)により戸口調査簿に登載されて公証されることになっていたことが認められる。(甲16,34, 35,乙3,4の1. 7参照)

したがって,その当時は,内地と台湾では.同じ日本圏内ではあっても,本島人同士の父子における非嫡の父子関係の成立については,その他の父子における非嫡の父子関係の成立とは,適用される法令を異にしていたということになる。

そして, この法律関係につき.共通法(大正7年法律第39号) 1条1項は,台湾を1の地域とし,同法2条2項は,民事に関して地域によって異なる法令が適用される場合について,法例を準用するものとし、各当事者の属する地域の法令をもって本国法とすると規定している。

さらに,現時点において,上記法例に相当する法令である通則法29条1項は,非嫡の父子関係の成立について,子の出生当時における父の本国法によると定めている。

以上の法令の定めを本件に適用すると,本件において被承継人とFが,Fの出生時において, ともに本島人であったことは明らかであるから,被承継人とFとの聞の父子関係の成立については,共通法2条2項による法例(現時点では通則法29条1項)の準用により,子であるFの出生当時の父である被承継人の本国法とされる台湾地域に適用されていた慣習法によって決定されることになる。

これによれば,被承継人とFとの父子関係は,被承継人と夫妾婚姻関係にあったGがFを出産することにより,被承継人の認知を待つまでもなく成立しているということができる。そして.このように,父と非嫡出子の聞の父子関係を出生の事実により成立させるという制度が公序良俗(通則法42条)に反するとはいえないから, 日本において,嫡出でない子の父子関係の成立について,上記昭和16年当時の台湾地域の慣習法の適用を否定することはできないというべきである。よって,上記により成立した被承継人とFとの聞の父子関係は,日本においてもその効力を認めることが相当である。

なお,上記の父子関係について, 日本国との平和条約(昭和27年条約第5号) 2条(b)項の定めに基づき, 日本国が台湾に対する全ての権利,権原及び諦求権を放棄し,これに伴って台湾籍の日本人が日本国籍を喪失したことによって,一旦は日本国法による非嫡の父子関係を成立させる法的根拠を失ったとしても、現在の日本国法においても,通則法29条1項は,非嫡の父子関係の成立は,子の出生当時における父の本国法によるとしているのであるから,子の出生当時に父に適用されていた法令が,その当時における台湾地域の慣習法である場合には,それを通則法29条1項にいう本国法とみなすことが相当である。

よって,いずれにしても,被承継人とFとの聞の父子関係は, 日本国民法による認知によることなく,その成立を認めることができる。

被控訴人らは,被承継者の相続には日本国法が適用される(通則法36条)のであるから,たとい上記法律関係が認められるとしても,相続関係を解決するための前提問題では日本国民法による認知が必要であると主張するが,非嫡の父子関係が相続関係を解決するために不可欠の前提問題を構成するとしても,その準拠法は法廷地である日本の国際私法である通則法によるものというべく(最高裁判所平成12年1月27日第1小法廷判決・民集54巻1号1頁),これによっても,非嫡の父子関係は上記夫妾婚姻制度により規律されるべきものであるから,被控訴人らの主張は採用できない。

3 訴えの利益について

以上によれば,被承継人とFの親子関係は,出生により成立しているから,改めて日本国民法による認知によって,これを創設する必要は認められない。

第4 結論

よって,被控訴人らの本件訴えはいずれも訴えの利益がなく不適法であるから,これと異なる原判決を取り消して,本件訴えをいずれも却下することとして,主文のとおり判決する。(裁判長裁判官渡邉安一裁判官安達嗣雄松本清隆)

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