認知請求事件

第1
請求原告が,亡A(略?の子であることを認知する。
第2 事案の概要1 原告の母であり,法定代理人親権者であるBは, 内縁関係にあったAの死亡後.同人の生前に採取し,凍結保存していた精子を使用して体外受精を行い,原告を出産した。,本件は,原告が,民法787条,廃止前人事訴訟手続法32条2項. 2条3項に基づき,検察官を被告として,原告の認知を求めた事案である。2 前提となる事実(1) 事実関係(略)(2) 法整備に関する検討状況ア厚生科学審議会生殖補助医療部会(略)イ法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会(略)3 争点精子提供者の死後,その精子を使用した体外受精により懐胎出生した子からの認知の訴えの可否4 争点についての当事者の主張(略)
第3 争点、に対する判断1 認知の訴え(民法787条)とは,婚姻関係にない男女の聞に出生した子ム遺伝的な血縁関係のある男性との聞に,法律上の親子関係を創設する形成の訴えて’あるがすなわち,民法においては,婚姻関係にない男女の聞に出生した子の場合,父子聞では,遺伝的な血縁関係があっても,当然には法律上の親子関係が成立せず,男性から任意に認知がされるか,あるいは,子文はその法定代理人による認知の訴えを認容する判決がされた場合に限り,父子聞に法律上の親子関係が成立するものとされている。2 法律上の親子関係(父子関係に限り,また,養親子関係を除く。以下も同様である。)の意義(1) 法律上の親子関係の成否を判断するに当たっては,遺伝的な血縁関係の有無が第ーの基準となるのは当然である。しかしながら,法律上の親子関係とは,必ずしも遺伝的な血縁関係があることとは同壌ではなく,例えば,遺伝的な血縁関係のある男性に対して,その死後3年を経過した後に認知の訴えが提起されても,出訴期間の経・過により,その訴えは認められないから,遺伝的な血縁関係があったとしても,法律上の親子関係は成立する余魁がないことになる(民法787条但書)し,冶た他方,婚姻中の女性の子であれば,その夫と子との聞に遺伝的な血縁関係がなくとも,嫡出の推定により法律上の親子関係が成立し,夫が子の出生を知ったときから1年を経過すれば,嫡出否認の訴えを提起することも認められないこととされている(民法772条.777条)。したがって,法律上の親子関係とは,単に遺伝的な血縁関係があるという意味での事実概念に止まらず,法的な評価を含んだ法律上の概念と解するべきである。そこでまず,上記の法律上の親子関係の成否を判断するための具体的な要件について検討する。(2)ア制定当初に民法が想定していた認知の訴えは,自然的な生殖により懐胎出生した子からのものであり,この場合には,干と父となるべき男性との聞に遺伝的な血縁関係が認められれば,出訴期間の制限内である限り,法律上の親子関係を成立させることになる。そのため, 自然的な生殖により懐胎出生した子からの認知の訴えの場-告,法律上の親ヂ関係の成否は,専ら遺伝的な血縁関係の有無を検討すれば足りることどされてきた。イこれに対して,近年,生殖補助医療の急速な進展により,必ずしも男女の性行為がなくとも,女性が子を懐胎出産することも可能な状況が生ずるようになった。その結果,精子提供者である男性の意思には関わ.りなく,その男性と遺伝的な血縁関係を有する子が出生する可能性を生ずるに至った。例えば,研究や疾病等の検査目的で精子を採取した後,その精子が採取された男性の意思に反して他の女性の生殖補助医療に使用され, 子が出生した場合などが想定される。このような生殖補助医療により子が懐胎出生した場合の法律上の親子関係の成否をどのように考えるかは困難な問題であるが,認知の訴えが制定された当初,民法が単に想定していなかったというだけで,認知め訴えが認められないとするのが相当ではないのは原告が指摘するとおりである。そして,様々の要望や期待・に応えて生殖補助医療が進展してきたことに照らすと,生殖補助医療により懐胎出生した子からの認知の訴えの可否は,諸般の事情を総合的に考慮して判断されるべきものである。ウそこで,次に,原告とA との聞の法律上の親子関係の成否を判断するために, 具体的にどのような事情を考慮すべきかについて検討する。この点について,原告は,本件のような場合に認知の訴えを認めるための要件としては,遺伝的な血縁関係の存在のほかには,精子提供者である男性に父となる意思があれば足りると主張する。たしかに,法律上の親子関係の成否を検討するーに当たって,精子提供者の意思が重要な考慮要素になることは原告が指摘するとおりである。例えば,イに挙げた例のような場合,男性と子との聞には,遺伝的な血縁関係はあるものの,法律上の親子関係の成立を認めることは相当とはL、えなし了。これらの判断及び理由付けについては議論があるが,結局,当該男性には,採取した精子が生殖補助医療に使用され, 自己と遺伝的な血縁関係を有する子が出生することに対オる認識がもともとないため,法律上の親子関係の成立を認めるのは相当ではないといぢことになるものと考えられる。しかしながら,法律上の親子関係は,民法における身分法秩序の中核をなすものであり,多数の関係者の利害に関わる社会一般の関心事でもあるから,当事者間だけでの自・由な処分が認められるものではな’く,公益的な性質も有しているニ&いうべきであり,単に精子提供者である男性に交となる意思が認められれば直ちに法律上の親子関係を成立させるべきであると考えることは相当とはいえない。そこで,このような場合における法津上の親子関係の成否については,そのための規定が整備されていない以上,条理に基づいて法律上の親子関係があると評価するに足りる事情の有無を裁判所が判断して決するのが相当であり,具体的には,認知の訴えの制度趣旨を踏まえ,精子提供者である男性の意思のほか,当該生殖補助医療の在会的相当性,現行法制度との整合性,子の利益などを総合考慮.して判断せざるを得ないも.のである。・なお,原告は,認知の訴えの制度趣旨が子の利益の実現にあるとして,遺伝的な血縁関係があることが明らかであるにもかかわらず.父の死亡により認知ができない場合には,精子提供者である男性に父となる意思が認められる限り\子からの認知の訴えを肯定するべきであり,本件も,遺伝的な血縁関係があることが明らかで,父が死亡している場合に該当するから,子の利益の観点からも,認知の訴えを認めるべきであると主張する。たしかに,認知の訴えの制度が,子の利益の実現を目的としていることは原告が主張するとおりであり, したがって,子の利益を重要な考慮要紫とすべきであることは当然である。しかし,前記のとおり,法律上の親子関係は,身分法秩序の中核として公益的な性質をも有しているのであるから,子の利益だけに配慮して認知の訴えの可否を決することは相当とはし、えず,前記のような事情を総合的に検討して判断する必要があるというべきである。3 本件における法律上の親子関係の成否(1)遺伝的な血縁関係. . .o00によれば,原告とAとの聞には,遺伝的な血縁関係があることが認め4れ,この認定に反する証拠はない。(2)精子提供者の意思ーやw ・ア前記のとおり,生殖補助医療によって懐胎出生した子と精子提供者との聞に法律上の親子関係が成立するか否かを判断するに当たっては,精子提供者の意思に反するような場合に法律上の親子関係を成立させることは相当ではないことから,採取した精子を生殖補助医療に使用することに関する精子提供者の同意の有無が問題となる。そして,この同意は,医療部会報告書にもあるとおり.生殖補助医療の実施の度に明確なものとして確認される必要があり,iた,生殖補助医療の実施前であれば撤回も許されると解するべきである。(略)イところで,本件においては,精子提供者であるAが,その精子を使用した生殖補助医療の実施時に既に死亡していたという事情が認められる。このような場合,精子提供者が,採取していた精子を生殖補助医療に使用することに生前は同意していたとしても,死亡により.その意思はどのような影響を受けるのかについても検討する必要がある。(ア) 00によれば, Aは,体外受精の目的で,顕徴授精5四分の精子を採取したこと,Aは,本件医院の医師から,体外受精の意思があることの確認を受け,採取された精子は,凍結保存された後, (略)子が誕生するまで継統して用いられるとの説明を受けたこと,Aは.第2回目の体外受精に際し, (略)子の名前を考え,胎児認知の準備をしてその誕生を待ち望んでいたことが認められるのであり,Aは,生前,体外受精の方法により(略)子が出生することに同意していたものと推認することができる。(イ) ところで,亡くなった人の意思をぜの死後にも実現する制度としては,民法上も遺言の制度を定めており,また,遺言がなかったとしても,亡くなった人の生前の意思は可能な限り尊重されるべきものであることは当然である。しかしながら,人は,死亡により権利能力を喪失し,権利義務の主体とはなり得ーなくなるのが大前提であるから,死者の意思も死亡時以降年おいてはその存在を観念し得なくなると考えるのが自然である。そして,本件におし、て, .Aは,第4回目の体外受精の実施時には既に死亡していたのであるから,そもそも第4回目の体外受精の実施時におけるAの意思というものを観念できるかについて疑問があるうえ,夜亡時と同様の意思が,第4回目の体外受精の実施時においても存在したと考えることにも問題があるといわざるを得なし、。(ウ) これに対して, Aが死亡した時点でその意思は不動のものとして確定し,死亡時の意思によって,第4回目の体外受精の実施もAの意思に基づくものと擬制できるとの考えもあり得るところである。しかし,身分関係に関する事項は,対世的に重大な影響を与えるものであるから,その判断は慎重にする必要があるところ,死亡時以降はその同意を撤回することもできなくなるのであるから,死亡時にその意思があったからといって,死後である第4回目の体外受精の実施時におけるAの意思の存在を僚制することは相当ではないと解するべきである。また,原告は,本件においては, Aが死亡する1年3か月前に精子を採取保存して.直ちに体外受精を実施しており,Aの生前に行われた第1回目から第3回固までの体外受精と,原告が出生するに至った第4回目の体外受精とは一連の行為と捉えることができ芸と主張する。しかし,前述のとおり,本来,精子提供者の意思は,・生殖補助医療の実施の度に明確なものとして確認される必要があると解するのが相当であり,原告が主張するように一連の行為として捉えること自体に疑問があるだけではなく, Aの死亡時と体外受精の実施時が時間的にいかに近接していたとしても,体外受精が, Aの死後に実施されたことには変わりはないのであるから,Aが第4回目の体外受精の実施時に,その精子を使用した体外受精の実施に同意していたと擬制するのは相当とはし、えない。(3) 本件生殖補助医療の社会的相当性ア前述のとおり,現行民法の認知の訴えの制度は,自然的な生殖により懐胎出生した子とその父の場合を想定していることは明らかであるa 自然的な生殖においては,男性が生殖行為そのものに直接関与するのに対し,本件の生殖補助医療においては,精子提供者であるAは,精子の採取とし、う限度でこれに関与しているにすぎず,さらに,原告が懐胎出生するに至った第4回目の体外受精の実施時には,既に死亡してに、た。このような生殖補助医療によって子が懐胎出生することを,民法は想定していないのみならず, 自然的な生矩との聞にかし、離があることは否定できなし、から,本件のような態様の生殖補助医療が,在会的に受容されるか否かも検討する必要がある。イ医療部会報告書では, (略)精子提供者の死後に当該精子を使用することは,既に死亡している者の精子による子が出生するという倫理上の大きな問題があり, また,遺伝上。親が出生時から存在しないことは,子の福祉の観点からも問題があると指摘し,精子提供者の死亡が確認されたときには,提供された精子を廃棄するべきであるとしている。他方,中間試案でば, (略)夫の死後に凍結精子を使用して生殖補助医療を行った場合の父子関係に闘する特段の規定は置かれなかったが,その補足説明では,夫の死後に凍結精子を用いるなどして生殖補助医療を行った場合の父子関係の規律について親子法制部会でも検討が行われたものの.医療部会における医療法制の考え方が不明確であるにもかかわらず,親子法制に関して独自の規律を定めることは適当でないと考えられたため,更なる検討は行われなかったとしている。したがって,医療部会としては,精子提供者の死後に,その精子を使用して生殖補助医療を実施することについては否定的な方向で意見がまとめられており,親子法制部会としては,意見がまとまって-いない状況にある。ウ生殖補助医療そのものについて,また,生殖補助医療の在り方を巡っては,医学界,法曹界を初めとして様々の議論があり,未だ社会一般の見解が確立したとはし、えない状況にあることは公知の事実である。そのような状況において,本件のように,既に死亡している者の精子を使用して,新しい生命を誕生させるということについてはさらに大きな違和感を抱く者も少なくないことと推認される。自然的な生殖においては,父母の双方が生存していなければ,子の懐胎出生ということはあり得ないことであり,精子提供者であるAが,第4回目の体外受精の実施時に既に死亡していた本件は,その意味で, 自然的な生殖とのかし、離が著しいといわざるを得ないものである。また,生殖補助医療において死.亡している者の精子を使用したことは,生存している男女の性行為により子が懐胎出生するとし、う生殖の自・然的な態様に照らしLイの医療部会報告書の指摘にもあるとおり,倫理面での大きな問題があることも否定できなふところである。エ原告は,本件においては.Aが死亡するl年3か月前に精子を採取保存して,直ちに体外受精を実施しており.Aの生前に行われた第1回目から第3回目までの体外受精と,原告が出生するに至った体外受精とは一連の行為と捉えることができること,Aの死亡から原告の出生までに(略)しか経過していないことから,自然、的な生殖とのかし、離が極めて小さいと主張する。生殖補助医療では,精子の採取以降,精子提供者の関与なくして生殖過程が進むことから,体外受精や懐胎の時期と,精子提供者の死亡時とが極めて近接する事態が生じ得る。しかし,自然的な生殖においては,男性が死亡していれば生殖行為を行うことはできないのであるから,時間的にいかに近接していたとしても,ー体外受精が.Aの死後に行われたものである以上,それは質的に異なるものというべきであげ,自然的な生殖とのかし、離が小さくなるとは考えることができなし、。オ以上の結果を総合すると精子提供者の死後に,提供された精子を使用して生殖補助医療を行うことについて,現段階では,これを受容する共通の社会的な認識が出来ているとまでは認めることができず,本件において原告とAとの聞に法律上の親子関係を成立させることは社会的相当性の観点からも問題があるというべきである。なお. (略)本件関係者は,原告とAとの聞に法律上の親子関係を成立させることについて,何ら反対の意思を表明しておらず.0:..コは,これに賛同している。精子提供者の死後に,その精子を生殖補助医療に使用することが,社会的に受容されているか否かを考えるに当たっては,精子提供者やその妻らの関係者がどのような認識を有しているかという点についても,当然配慮する必要がある。しかし..前述のとおり,親子関係とし、う身分法秩序の中肢となる事項については,当事者及びその関係者だけによる自由な処分は許されていなし、のであるから,本件関係者が,原告とAとの聞に法律上の親子関係を成立させる立とに賛同しているからといって,上記判断を左ちすることにはならない。(4) 現行法制度との整合性ア認知の訴えが制定された趣旨は,遺伝的な血縁関係を有する男性が, 子古をピ任;意官上の親子関係を形成して,親子関係から生ずる権利を確保し,父に親としての責任を果たさせることにある。そして,認知の効果は,子の出生時に遡るところ(民法784条).認知の訴えが認められれば,民法で定められている法律上の親子関係に基づく扶養,親権,相続等の権利義務関係が父と子との聞に発生することになるのが原則である。したがって,法律上の親子関係が成立した場合,民法は,上記のような法的効果が発生することを予定しているのであるから,本件において原告とAとの聞の法律上の親子関係の成否を検討するに当たっても,仮に本件の認知の訴えを肯定した場合に,原告とAとの聞に,同様の法的効果を発生させる余地があるか否かを検討する必要があるというべきである。イ扶養, 親権扶養,親権については,精子提供者であるAが原告の出生の時点で死亡している以上,原告とA との聞に法律上の親子関係が成立するとしたとしても.Aが,父として原告を扶養する義務を負ったり,母であるBとの協議を経て親権者となることはあり得なU、。もっとも, 自然的な生殖の場合においても,死後認知の場合は,男性と子との聞に法律上の親子関係が成立することになっても,男性は,扶養義務を負うことはないし,親権者となること込あり得ないから,これらの法的効果が生じない場合があることについては,民法自体も予定しているということができる。ウ相続現行民法は,相続人と被相続人の同時存在の原則を採用しており,例外的に,被相続人の死亡時に,相続人が胎児であったときには,相続時に出生していたことを綴制することによって,相続権を認めている(民法886条)。本件のようにAの死後に懐胎出生した原告は.Aが死亡した時点で胎児でもなかったのであるかち,仮に,原告とAとの聞に法律上の親子関係が成立する主じたとしても,民法886条の定める要件には該当せず,原告がAを相続する余地はないものと判断される。エ代襲相続原告Aとの聞に法律上の親子関係が成立するとすれば. Aの父母の相続開始時に,被代襲者であるAが死としているのであるから.Aの死後に懐胎出生した原告が.Aを代襲するという見解を採り得る余地もあるとも考えられる。しかしながら,代接相続の趣旨は,被代襲者が相続権を失っていなければ,被代襲者が被相続人を相続し,被代襲者の子が被相続人の遺産を相続できたとし、う期待を有していたにもかかわらず,被代襲者が相続権を失った結果,その直系卑属が遺産を相続できなくなることは,代襲者の期待を害するのて\被代襲者と同順位で,代襲者に相続を認めたというところにあるものと解される。ところで,本件では,前記ウで判断したをおり,精子提供者であるAの死後に懐胎出生した原告には.Aを相続する余地がなく,したがってAの父母の遺産を代襲相続する期待権はもともと生じておらず,代襲相続の趣旨は当てはまらないというべきであるから,原告が,Aの父母の遺産を代襲相続することはあり得ないと解するのが相当である。なお,原告は,代襲相続が, 血縁の流れに従って,上からでへ死者の財産を受け継がせようとする制度であり,原告とAとの聞に父子関係が認められれば.Aの父母.A.原告とし、う血縁の流れに従って財産は承継されると主張する。その趣旨は必ずじも明らかではないが,前述のとおり,原告とAとの聞に法律上の親子関係を成立させたとしても,原告がAを相続する.余地はないのであるから, Aの父母, A,原告という順に財産が承継されることにはならず,原告の主張作,本件の場合長代襲相続を認める根拠とはなり得ないというべきである。また,原告は,被代襲者が廃除や欠格により相続権を失った場合と同様に考えて,本件の場合も代襲相続が認められるべきであると主張する。しかし,被代襲者が廃除や欠格により相続権を失っても代襲相続の効果が生ずるためには,代襲者が被代襲者を相続する関係にあることを前提としているところ.前述のとおり,本件の場合には,そもそも原告がAを相続する余地はないのであるから,原告の主張を採用することはできないと解するのが相当である。オその他fア) 民法721条は,胎児について,損害賠償請求権については既に生まれたものとみなすと規定している(民法721条)。ιかι 本件のように,Aの死後に懐胎出生した原告は,Aの死亡時には胎児でもないから,仮に,原告とAとの間に法律上の親子関係が成立するとしたとしても,民法721条の定める要件には該当せず,Aの死後に懐]J台した原告が, Aに関する損害賠償請求権を行使する余地はないものと解される。(イ)精子提供者が子の懐胎前に死亡したとしても,両者に法律上あ親子関係が成立すれば,出生した子と精子提供者の直系血族等との間で,扶養義務が肯定される可能性があり,本件の場合札原告と母を異にする兄弟姉妹やAの父母との聞で,扶養の権利義務関係が生ずる余地はあるものと解される。カ前述のとおり,認知の訴えは,子の側から,法律上の親子関係の形成を求めることを認めた制度であり,法律上の親子関係が成立することにより生ずる民法上の法的効果としては,扶養,親権,相続が主要なものである。そして,仮に, Aと,その死後に懐胎出生した原告との聞に法律上の親子関係の成立を認めたとしても,異母兄弟姉妹,Aの父母との間で扶養の権利義務関係が生ずる余地はあるものの,原告とAとの間では,扶養,親権はもちろんのこと,相続の効果も発生せず,法律上の親子関係に基づき本来発生するはずの法的効果のうち主要なものは全て発生. ーする余地がないことになるところ,そのような関係にすぎない原告とAとの聞に法律上の親子関係を成立さぜることについては,発生する法的効果という観点からも疑問があるといわざるを得なし、。(5) 子の利益ア前記のとおり,認知の制度は,子の利益の実現を図ることを白的としているから,本件の原告とAとの聞の法律上の親子関係の成否を判断するに当たっては原告の主張するような子の利益の有無,また,その利益は法律上の親子関係を創誌することによって実現されるべきものであるかについても.検討する必要がある。この点について,原告は,本件の認知の訴えが認められないとすると,原告には法律上の父がし、ないことになり,戸籍の父の側が空白のままとなって,学校の入進学,就職,結婚等の際に放置することのできない不利益を被る百能性がおき:rE:主張する。たしかに,法律上の父が存在しないことによる社会的な不利益の発生は少なくないことが予想され,その意味で,原告が主張するところも理解できないわけではない。そして,前記のとおり,認知の制度が.子の判益の実現を目的としているにとゐ否定できないところである。しかしながら,原告が主張する不利益の多くは事実上のものであるうえ,そもそも戸籍は,民法上の身分際係の実体を公示するものであり,実体的な身分関係があれば戸籍にその記・.1肢がされるとし、う関係にあるにすぎないの℃・あるから,原告の主張する戸籍の父の欄にAの氏名が記載されるとしみ利益は,法律上の親子関係が成立したことによる派生的な結果にとどまるというべきである。イまた,原告は,子の出自を知る利益の保護の観点から,認知の訴えを認めることの実益があると主張する。しかし,子の出自を知る利益とは,子が,生殖補助医療により出生した場合に,自己が生殖補助医療によって生まれたという事実や,生殖補助医療に用いられた精子等の提供者に関する個人情報を知る利益であると解されるところ,本件においては.原告が,Aとの聞で遺伝的な血縁関係を有していることは既に明白になっているというべきであるから,子の出自を知る利益を理由に,本件の認知の訴えを認めるべきであるともいえない。ウさらに,原告は,扶養の権利義務,親族聞の協力義務が生ずること等においても本件の認知の訴えを認めることの実益があるとも主張する。たしかに,異母兄弟姉妹,Aの父母との間で扶養義務や協力義務が生ずる余地はあるものの,これらは.前述のとおり,原告とAとの聞の父子関係に基づき発生する主要な法的効果とはし、えないと解するべきである。4 以上の3(1)ないし(5)の検討結果によれば,本件については,第4回自の体外受精の実施時におけるAの意思というものを観念できるかについて疑問があるうえ,死亡時と同様の意思が,第4回目の体外受精の実施時におし、ても存在したと考えることにも問題があること,本件のような死亡した者の精子を使用する態織の生殖補助医療は,自然的な生殖とのかし、離が大きく,現段階では,これを受容する共通の社会的な認識があるとはいえず,社会的相当性の観点からも問題があること,また,原告とAとの聞では,扶養,親権,相続及び代襲相続など法律土の親子関係がある場合に民法が発生を予定している法的効果のうち父子関係に関する主要なものは発生する余地がないことが指摘でき毛のであり,その他,原告が主張する干の利益を考f直したとしても,精子提供者であるAと,その死後に懐胎出生した子である原告との関係には,遺伝的な血縁関係は認められるものの,法律上の親子関係があると評価するに足りる事情は認められなふというべきである。したがって,原告の主張には理由がなく,精子提供者であるAの死後に懐胎出生した子で・ある原告からの本件認知の訴えを認めることはできないと判断するのが相当である。なお,原告が,今後健やかに成長していくために,本件関係者はもちろんのことγ 国や社会としても可能な限りの配f起をしていく必要があるととはし、うまでもないことである。その意味で,死亡した精子提供者の精子を使用した体外受精を禁止すべきかどうかという問題と,その結果;既に生まれてきた子の地位をどうするかをいう問題とは区別して考えられるべきであるとの原告の主張も理解できないわけではない。しかし,既に述べたような理由により,当裁判所は上記のとおり判断するものであるが,今後も発生が予想される本件のような事態を解決するためにも,急速に進展する生殖補助医療に関する早急な法整備が求められるところである。
5 結論以上によれば,原告の本訴請求は理由がないから, これを棄却することとし,主文のとおり判決する。(裁判長裁判官奥回隆文裁判官杉山順一岡本典子)

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