親権者変更申立事件

1 本件記録によれば,以下の事実が認められる。
(1) 申立人は.1975年(昭和50年) ×月×日に中華人民共和国(以下「中国」という。○○省で出生した,中国国籍を有する者である。相手方は.1952年(昭和27年) ×月×日に中国△△省で出生した,中国国籍を有する者である。申立人と相手方は.1999年(平成11年) ×月×日に婚姻した。
(2) 申立人の母の夫及び相手方の母は日本人である。申立人と相手方は.1999年(平成11年)から日本で生活をしており, 日本の永住権を取得している。
(3) 2002年(平成14年) ×月×日,申立人と相手方との聞に,未成年者が出生した。申立人相手方及び未成年者は.○○市○○町にある公営団地のアパート(以下「本件アパート」とし、う。)において同居していた。本件アパートには, 5畳の空き部屋, 6畳の寝室, 6畳のリピング、3畳のキッチン,風呂及びトイレがある。
(4) 申立人と相手方は.2007年(平成19年) ×月,協議離婚をした。その際には,未成年者は相手方において養育することになっており,申立人は,離婚届に未成年者の親権者になるべき者は相手方であ62・1-112る旨の記載をして,同月×日○○市役所に提出した。
(5) 申立人は, その後本件アパートを出て別の場所で生活をしている。 本件アパートには,相手方と未成年者が生活をしているが,申立人及びその母が本件アパートに行き,未成年者の食事の準備等をしている。申立人は,週2ないし3回,夕方の相手方のいない時間帯に本件アパートを訪れ,掃除をし,未成年者の宿題を見て,未成年者の洗濯物を申立人方に持ち帰っている。申立人の転居先は, 6畳の台所の他に6畳の寝室と6畳の和室があるアパートであり,清潔に保たれている。
(6) 相手方は, アパート等の整備の日雇いアルバイトをしている。その収入は,本人の申告によれば,半年間で約64万円である。相手方は.泊まりがけで仕事に出ることがあり,その場合には申立人の母が本件アパートに来て未成年者の面倒を見るなどしている。申立人は,スナックを経営しており,午後7時から午前1時までの勤務で,月収は30万円から50万円程度であり相当の貯蓄も有している。相手方は,申立人から,未成年者の生活費として月5万円程度を受け取っている。
(7) 申立人は,平成20年×月×日,未成年者の親権者を相手方から申立人に変更することを求める旨の本件申立てをした。なお,申立人は,平成21年× 月×日の審判期日において,本件申立ては,未成年者について中国婚姻法36条にいう「撫養」をする者を相手方から申立人に変更することを求める趣旨であると述べた。
(8) 未成年者は,平成20年×月×日の調停期日に,申立人とともに当庁を訪れたが,申立人と良好な関係にある様子であった。同年×月×日の調停期日にも,申立人とともに当庁を未成年者の撫護者を相手方から申立人に変更する。理自未成年者は,訪れた。未成年者は.申立人にまとわりついていたが,相手方は,申立人に抱きつく未成年者を無理に引き離して連れ帰った。
(9J 平成21年×月の時点では,本件アパートは.洗溜前の衣類や菓子等が散らかっているなど不衛生な状態であった。相手方は,食事を作ることはしておらず,未成年者が,パンを焼くなどを行っている。未成年者は,相手方は入浴をしないので臭い旨の発言をしていた。未成年者は,押入れを自室として使用していた。
2 国際裁判管轄親権者の指定又は変更や子の監護に関する処分に係る事件について,子の住所地国の裁判所は,国際裁判管轄を有すると解することが相当である。本件においては,未成年者は日本に住所を有するから,本件申立ては日本の国際裁判管轄に属すると解される。
3 準拠法親権者の指定又は変更や子の監護に関する処分については,法の適用に関する通則法32条にしろ親子聞の法律関係に当たり.子の本国法が父文は母の本国法と同一である場合には,子の本国法によると解される。本件においては,未成年者及び当事者双方の本国法はし、ずれも中国法であるから,中国法が準拠法になると解される。
4 判断
(1) 中国法においては, 日本法における「親権」に相当する統一的,集合的な概念はなく,r監護人」の地位に基づく未成年の子女に対する法定代理権,未成年子女の身分上,財産上その他の合法的な権益を保護する権利及び義務,子女に対する撫義教育の権利義務という個々の権利義務の内容ごとに個別の規定が設けられているにすぎない。したがって,親権者であるとか,その指定又は変更ということは,観念することができなし、。
(2) 中国法には,子の監護養育に関し,以下の規定がある。離婚後は,父母は,子に対し依然として撫袈及び教育の権利及び義務を有する(中国婚姻法36条2項)。離婚後は,晴乳期内の子女は,授乳する母が撫養を為すのが原則である。l浦乳期後の子女は,双方の聞に扶養問題で争いが発生し協議を達成することができないときは,人民法院が,子女の権益と父母双方の具体情況に根拠して判決する(同条3項)。そして,ここに「撫養」とは,義務のみならず権利としての側面も有するものであるから,未成年者に対する経済的な扶養にとどまらず,監護養育を含む概念であると解される。
(3) 中国婚姻法36条3項にいう人民法院の判決については,事件が日本の国際裁判管轄に属するために日本の家庭裁判所に申立てがされた場合には,家庭裁判所が家事審判法9条1項乙類4号の審判により代行することができると解することが相当である。
(4) 以上のような前提に立って,本件について検討をする。1 (9)で認定のとおり,相手方は食事を作っていないなど,未成年者に対する監護状況は良好なものとはし、L、難いことや, 1 (5)で認定のとおり,申立人は,別居はしているものの,相手方のいない時間帯に本件アパートを訪れ,掃除,洗濯等を行っていること, 1 (6)で認定のとおり,経済的にも申立人の方が余裕があること,1 (8)で認定のとおり,未成年者はむしろ申立人に親愛の情を抱いていると認められることからすれば,申立人が未成年者を本件アパートに残す形で別居に至ったことや,当該別居後に未成年者が相手方の下で養育される状態が相当期間継続していることなど,相手方にとって有利な事情を考慮したとしても.旗護者を相手方から申立人に変更することが未成年者の将来的な福祉に適うものと判断される。
(5) なお,相手方は,離婚の際に当事者聞の協議によりし、ったん撫護者が相手方と定められた以上,後に撫護者を変更することはできないはずである旨の主張をする。しかし,中国法においては,父母は離婚後も子に対し撫養の権利義務を有するとされており(中国婚姻法36条2項).離婚の際に撫養者にならなかった側であっても,後に撫養者になるとしみ事態が想定されているということができる。また,そうである以上,同条3項にいう撫養問題の争いは,離婚後においても発生し得るものであるから,同項は,離婚時のみならず離婚後において父母の聞に撫養問題の争いが発生した場合にも適用されると解することが相当である。そうすると,離婚の際にいったん当事者の協議により撫護者が定められた場合であっても,離婚後に撫養者の変更をすることは可能であり,撫養者の変更について協議が調わないときは,撫護者を変更する旨の裁判をすることができると解される。したがって,相手方の当該主張は,採用できない。
(6) よって,本件申立ては理由があるから,主文のとおり審判する。(家事審判官岩松浩之)

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