親子関係不存在確認請求控訴事件

第1 控訴の趣旨
主文と同旨。
第2 事案の概要
1 控訴人は,戸籍上, c (昭和53年5月21日死亡。)とD (昭和46年6月22日死亡。)との間の子(昭和12年xx月xx日生。長男)であり,被控訴人は,同じく両名の子(昭和9年xx月xx日生。二女)とされている。本件は.控ー訴人が,被控訴人と被控訴人の戸籍上の父母である亡C及び亡D (以下rc夫婦Jともしづ。)との聞には,いずれも親子関係が存在しないとして,その確認を求めた事案である。
2 原審は,原審における鑑定の結果によると,控訴人及びC夫婦の戸籍上の二男であるEは亡C及び亡Dとの聞に生物学的な親子関係が認められること,控訴人及びEと被控訴人との聞には両親を同じくする全同胞の関係は認められないが,父又は母の一方を同じくする半同胞の関係が認められること,したがって,被控訴人が亡C文は亡Dのいずれか一方との聞に親子関係が存在する可能性を否定することができないところ,証拠上,そのどちらかの不存在を断定することはできないとして,請求を棄却したため.控訴人がこれを不服として控訴した。
3 当事者の主張(f).控訴人控訴人と被控訴人とは,戸籍上,いずれも亡C及び亡Dの子とされているが,控訴人を含めた兄弟親戚の中に,被控訴人の存在を知る者はいない。戸籍の記載によると,被控訴人は, 6歳のころFと養子縁組をしているが,それ以前からC夫婦に旋育された形跡はない。一方,上記縁組当時,養母であるFは,33歳の独身であり, 6歳の被控訴人と養子縁組する必然性もないことからすると,真実は,控訴人は, Fの実子でありながら,戸籍上, C夫婦の子として虚偽の出生届がされたが,就学を控えて実母と5聖子縁組したと考えるのが自然、である。また,DNA鑑定によっても,控訴人と被控訴人との聞に.全同胞関係も半同胞関係も認められていない。(2) 被控訴人被控訴人は,子供のころの記憶に乏しいが,養母から,何かあったらCの所へ行くように言われ,実際に訪ねて行ったこともある。亡Cに会ったことはないが,亡Dは優しく対応してくれた。ま正,・被控訴人の容姿は, :CCの写真(甲5の1)と非常によく似ている。一方,誼控訴人は.養母からは母親としての愛情を受けた記憶もなく,控訴人が主彊する事情も,被控訴人とC夫婦との親子関係を否定する理由とはならない。科学は,多くの場合絶対の真理ではなく,C説の子は, 長女Gのほか,被控訴人及び控訴人が,いずれもC夫婦の婚姻前に出生しており, C夫婦の婚姻の届出によって嫡出やの苛分を取得した経緯があることからして,そもそも控訴人とC夫婦との聞に血縁関係があることを前提とすることができない。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲1ないし9,乙3ないし6 (枝番を含む。以下,同じ。),被控訴人本人)及び弁論の全題旨によると,以下の事実が認められる。(1) C夫婦とその子に関しては,戸籍上.次の記載が認められる(甲1, 2,乙6)。ア明治36年xx月xx日,亡C出生イ明治45年XX月xx日,亡B出生ウ昭和7年×月xx日,長女G出生(父届出)エ昭和9年×月×汽日,二女B(被控訴人)出生(父届出)オ昭和12年×月xx日,長男A (控訴人)出生(父届出)カ同年4月四日,亡C分家キ同月30日.亡Cと亡Dが婚姻の届出ク同日,婚姻届出によりG,被控訴人及び控訴人が嫡出干の身分を取得ケ昭和16年2月6日,被控訴人とFとの養子縁組を届出コ昭和17年×月xx日,二男H出生(父届出)サ昭和20年×月x-x日.三男E出生(父届出)(2) また,Fに関しては,戸籍上,次の記載が認められる(甲3)。ア明治40年×月xx日,F出生イ昭和15年12月24日,戸主Iの戸籍から分家ウ昭和16年2月6日,被控訴人との養子縁組を届出エ昭和21年×月xx日,長男J出生(母届出)オ昭和28年2月12日, K (同月7日Jを認知)と婚姻の届出(3)控訴人やEは,出生以来, c夫婦から被控訴人の存在を聞いたことはなく(甲7),亡Dの姉の子であるLにも,昭和9年から11年ころ,亡Dが妊婦であったり,乳飲み子治旬、たとし、う記憶はない1甲6)。昭和12年に撮影された家族の写真(甲5の1)及び同年亡Cが出征する際に撮影された集合写真(甲5の2)には,いずれも,c夫婦と控訴人及びその姉の長女Gが写っているが,被控訴人の姿-はない。控訴人は,平成13年7月10日に独身であった弟Hが死亡したことから,戸籍を調査した結果,被控訴人の存在を知り,同年8月.被控訴人に対し,登記に必要な曾類へのが1I印を求める手紙を送付したが(乙4),被控訴人にこれを断られた。(4) 被控訴人には,就学前の記憶はほとんどない。被控訴人は,物心ついたころから,何かあったらC夫婦の家に行きなさいと養母のFに言われて育ち,被控訴人が小学校3年生ころ,週末になると養母からC夫婦宅に遊びに行くように言われ週末ごとにC夫婦の家を訪ね,時には宿泊することもあり,Gが被控訴人を迎えに来たこともあった。C夫婦の家では亡Dが優しくしてくれたが,亡Cに会ったことはなかった。小学校4年生ころ,学童醜聞の際には, リユツクにC夫婦の家の住所が記載された布が縫いつけられていたという記憶がある(乙5,被控訴人本人)。
2 ところで,控訴人及びEと彼控訴人とが親を同じくする関係にあるか否かについて,原審においてDNA鑑定が行為れ,その結果ーとして,株式会社cxxわ(鑑定人ムAム6) の平成14年1~月29 日付け鑑定書(以下「第1鑑定Jという。)及び口口口口株式会社の平成15年11月11日付け鑑定註(以下「第2鑑定」という。)が提出されており.また,当審においては,第1鑑定の鑑定を担当したムムムム作成の意見岱(甲13) 及び補充意見書(甲14) が提出され.さらに,これらの資料を踏まえた鑑定の結果として,鑑定人OムOムの平成17年”,-、日付け鑑定書(以下「第3鑑定Jとしみ。)が提出されている。その.慨要は,次のとおりである。(1) 第1鑑定では,控訴人及びEと被控訴人との間に,全同胞関係があるとすることに矛盾する結果が得られ,このため.生物学的な兄弟姉妹(全同胞)関係は存在しないとの鑑定結果が報告された。この鑑定結果の報告では,控訴人及びEと被控訴人との半同胞関係の有無については触れられていなかった。しかし,第1鑑定を担当したムムムムの報告書(甲13,14) によると,第1鑑定及び第2鑑定の検査データによって,控訴人及びEと被控訴人との聞には半同胞の関係も認められないとの結論が導かれるとされ,第3鑑定も,その結論を肯定しているsァニすなわち,第1鑑定は,採取した血液から抽出精製したDNAをSLP(SIng! Locus Probe)法を用いて,8種類のミニサテライト領域(ヒトDNAの中の独立したまとまりのある部位で; ローカス(遺伝子座)と呼ばれる。)を分析したものである。1個のローカスには.父由来と母由来の2個のアリール〈対立遺伝子)が存在する。したがって,父母を同じくする子が共有するのは最大4個の・アリールとなる。これを第1鑑定の際の分析デーτタでみると,控訴人, E,被控訴人の聞では,8個のローカスのうち,5個のローカスで5個のアリール, 1個のローカスでは, 6個のアリールを示している。したがって,控訴人,E,被控訴人には,それぞれ全同胞の関係が認められないとし、う結論になる。控訴人とEとが全同胞の関係にあることを前提にして,被控訴人が半同胞の関係にあると仮定すれば.最大限5個のアリールが示されることになる。しかし,上記のとおり,6個のアリールが示されているローカスがあり,これは,被控訴人が半同胞の関係にあることにも矛盾することになる。イもっとも,この矛盾のデータは, 1個のローカスで示されたものであって,いわゆる孤立否定の場合であるから,それが突然変異である可能性がある。したがって, 一般に,上記の結果のみで直ち恒結論を導くことはされていなし、。甲13,14においては,その他の7個のローカスのデータから,控訴人及lfEと被控訴人との聞に半同胞関係が存在すると仮定したときに検査結果が得られる確率と,半同胞関係がないとしたときにその検査結果が得られる確率により,その確率の比LR(Likelinhood Ratio,尤度比)を求め,また,この確率を基に.事前確率を0.5(50パ一セント)として,肯定確率を求めた結果,総合LRは0.000272,総合肯定確率は, 0.0272パ一セントとの数値が得られた。甲13では,この数値は,控訴人及びEと被控訴人との聞に,生物学的な半同胞関係の存在する確率が極めて低いものであることを示しτおり,半同胞闘係が存在しないと強く推定できるとの結論が導かれる。ウなお,上記鑑定では.控訴人とEとの全同胞関係を前提としているが,第3鑑定によれば,第i鑑定及ひ’甲1与における控訴人とEのデータを比較することにより.控訴人とEの聞には,全体のアリールの共有割合が43.75%となることが認められ,これは,全同胞者のDNAの共有の理論値(50%)に極めて近似値となっていることから,その前提は正しいものと考えられるが,一方,被控訴人と控訴人及びEとを同様にデータでみると,いずれも全体で6.25%の共有にとどまっており,全開胞の理論値から遠い値となっていることが認められる。(2) 第2鑑定では, STR (Short Tandem Repeat)法により.被験者の15個の遺伝子e座を検査したデータに基づし;て,次のとおりの結論が導かれている。アEは, 15個の遺伝子座のうち14個が控訴人の遺伝子マーカーと一致しており,生物学的全同胞である確率は99..98パーセントとかなり高い。総合全詞胞献は4656klt これは, 2人が全同胞であることを示している。イ被控訴人は, 15個の逃伝子座のうち12個が控訴人の遺伝子マーカーと一致しているため,生物学的半同胞である確率は77.89パーセントとかなり高L、。半同胞指数は&-52で,これは, 2人が半同胞であることを示している。ウ・被控訴人は, 15個の遺伝子座のうち10個がEーの遺伝子マーカーと一致しているため,生物学的半同胞である確率は70.37パーセントとかなり高し、。半同胞指数は2.38で, 2人が半同胞であることを示している。第2鑑定によると,控訴人とEとは全同胞の関係にあると認められ,控訴人と被控訴人,Eと被控訴人とはそれぞれ半同胞の関係にあるとし、う結論が導かれる。(3) 第3鑑定では,以上の第l鑑定(甲13. 14を含む。)及び第2鑑定について検討した結果.SLP法による第1鑑定の手法や判定はおおむね正当であるが,第2鑑定の採用したSTR法には限界があり,判定も正確性を欠くことが指摘さねている。すなわち,第3鑑定によると,次の京が認められる。ア.第2鑑定が用いたSTR法は,標準的には頬粘膜細胞がサンプルに用いられ, ヒトDNAの中にある数塩基単位の縦列反復配列であるSTR(マイクロサテライトともいう。)の反復配列(リピート)数の違い(多型)をローカスとして判定するものであり.広く利用されているが,血液をサンプルとするSLP法のミニサテライトに比べ,識別力は大きく劣る。イ全同胞は,理論的には.50パーセントのDNAを共有する関係であるが,親子の場合とは違って1個のローカスで2個のアリールを比べた場合.’4分のlが両方とも一致.2分のlが一方のみ一致.4分のlがし、ずれも異なるということになり,一方は必ず辿伝するというような限定がない長ぬ,確率計算が上がりにくく.STR法によって15個程度のローカスを検査しても. 99.9パーセント以上の確率はなかなか得られない。半同胞の鑑定は,理論的には25パーセントのDNAを共有することになるが,全同胞に比べて更に確率が上がりにくし品常のSTR法で半同胞の鑑定を行っても99ノ宅一セントの確率となるものはほとんどない。そして.99ノ宅一セント未満の値では判定はしないのが一般の扱いであるから,通常のSTR法では半同胞の鑑定は無理と考えられている。ウ血液型検査の時代にフンメル(Hummel) が提示した父権肯定確率の評価基準では,確率99.8パプセント以上の場合に「父と判定してよいJとされ.99パーセント以上の場合には「きわめて父らしいJ とされ,逆に,確率が0′.2パーセント以下の場合には「父でないと判定してよし、」とされていた。DNA鑑定の時代になってからは. 99.8パーセントの確率を満たすの時当然とされ,99.9パーセントないしそれと同等のLR1000以上を基準として判定する機関が多い。エ甲13.14では,総合LR及び総合肯定確率の算定について都立’否定のデータを除外して計算しているが,突然変異の取扱いに関する近時の考え方に従って, これを含めて計算して総合LRを算出してみると.0.00000541となる。この結果からみても,控訴人及びEと被控訴人との間には半同胞の関係が認められないど判定してよいJ.以上の各鑑定の結果からすると,・第2鑑定が用いたS-’PR法では半同胞の鑑定にはもともと困難があり,また,同鑑定の必析話果から,前記(2)イ及びウのように半同胞関係があるとの判定をすること自体,一般的巴は困難とされており,判定不能とすべきものであることが認められる。したがって,第2確定ゐ示す上記結論部・分は,こむを採用することができない。一方,第1鑑定が採用したSLP法では, より詳細な分析が可能であり,同鑑定のデータに基づく甲13.14並びに第3鑑定を総合すると,控訴人とEとは全同胞関係が認められ,一方,控訴人及びEと被控訴人との聞には,半同胞関係も認められないという結論が導かれる。そして,上記の鑑定結果に.前記lで認定した事実関係を併せ考えると,控訴人及びEは亡C及び亡Dの子であり.一方,被控訴人と亡C及び亡Dとの聞にはいずれも親子関係が存在しないものと認められ,他に,この認定を左右するに足りる証拠はない。
3 よって,控訴人の諦求はいずれも理由があるから.これと異なる原判決を取り消し,被控訴人と亡C及び亡Dとの聞にはいずれも親子関係が存在しないことを確認することとし,主文のとおり判決する。( 裁判長裁判官横山匡輝裁判官佐藤公美石井忠雄)

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