祭祀財産の承継者の指定申立事件

第1 事案の概要

被相続人(明治40年×月×日生、平成4年×月×日死亡)の長男である申立人(昭和9年×月×日生)が,被相続人の妻である相手方甲山B子(大正4年×月×日生)、二男である相手方甲山C男(昭和12年×月×日生)、三男である相手方甲山D男(昭和14年×月×日生)、四男である相手方甲山E男(昭和17年×月×日生)及び五男である相手方甲山F男(昭和20年×月×日生)を相手方として,被相続人所有の祭祀財産の承継者を申立人と定める審判及び相手方(相手方5名中いずれの者であるかは特定していない。)占有中の被相続人所有の位牌の引渡しを命ずる審判を求めるものである。

なお,申立人は甲山家の祭祀主宰者を申立人と定める審判並びに高祖父甲山H男の著作及び遺稿原本一冊の引渡しを命ずる審判をも求めている。

第2 当裁判所の判断

1 民法第897条第1項ただし書の「被相続人の指定」の有無について

(1) 申立人は,被相続人が甲山家の祭祀財産の承継者及び祭祀主宰者を申立人と指定した旨主張する。

(2) 本件記録によれば,被相続人は昭和55年2月ころ00株式会社(平成3年の商号変更後は株式会社△△。以下単に「会社」という。)の代表取締役社長の地位を申立人に譲り渡す意向を有しており,昭和56年12月代表取締役社長を退任し,これに代わって申立人が代表取締役社長に就任したという事実を認めることができる。そして,申立人はこのような事実をとらえて,被相続人は会社経営の一切を申立人に託し,それは甲山家の祭祀財産の承継者及び祭祀主宰者を申立人と指定する趣旨でもあった旨主張するようである。

(3) しかし,会社の代表取締役社長の地位と甲山家の祭祀財産の承継者及び祭祀主宰者の地位とが不可分でないことは,申立人の長男I男が会社の代表取締役社長に就任するまでの中継ぎ的な意味合いがあるとはいえ,平成14年申立人が会社の代表取締役社長の地位を相手方甲山D男に譲り渡したことからも明らかである。

そして,①被相続人は会社の代表取締役社長の地位を申立人に譲り渡すこと自体にも少なくとも1年以上躊躇をし,譲り渡した後も会社の取締役会長として経営に関与し続けたこと,②被相続人は昭和55年2月「会長就任について」と題する書面(甲第1号証)を作成したが,当該書面では「社内外の冠婚葬祭等にはつとめて出席する。これも徐々に引継ぐ。」とし,会社の代表取締役社長を退任した後直ちに甲山家として執り行う冠婚葬祭の主宰者としての地位を退くという意思はなかったとうかがうことができること,③被相続人は自分の葬儀を口口寺で執り行うことを強く希望していたが,それ以外に甲山家の祭記に関し何らかの具体的希望を申立人に述べたことはなかったことを併せ考えると,昭和55年文は昭和56年ころ被相続人に甲山家の祭祀財産の承継者及び祭祀主宰者を申立人と指定する確定的な意思があったと認めることはできない。

その他本件記録を精査しても,被相続人が生前甲山家の祭祀財産の承継者及び祭祀主宰者を申立人と指定したことを認めるに足りる的確な証拠はない。

(4) よって,本件では民法第897条第1項ただし書の「被相続人の指定」はなかったと言うべきである。

2 民法第897条第l項本文の「慣習」の有無について

本件記録を総合しても,被相続人の肩書最後の住庁市包地方において民法第897条第1項本文の慣習があると認めることはできない。申立人は一般に旧武家社会では長男が先祖の家督及び祭祀承継をする慣習があった旨主張するが,現行憲法及び民法の下で武家社会なるものの存在を肯定することはできず,現時点でそのような慣習があると言うことはできない。

よって,本件では民法第897条第1項本文の「慣習」はないと言うべきである。

3 当裁判所による祭祀財産の承継者の定めについて

(1) 本件記録によれば,次のような事実を認めることができる。

ア被相続人の死亡に際しては密葬の後社葬が行われ,相手方甲山B子が喪主を,申立人が葬儀委員長をそれぞれ務めた。

なお,申立人は社葬において申立人自身が葬儀の最後に参会者に対する御礼の挨拶をしたことを理由に自分が喪主であった旨主張するが,社葬における葬儀委員長は密葬における喪主に該当すると考えることができるから,申立人が当該挨拶をしたことをもって直ちに申立人が喪家を代表する喪主の立場にあったと言うことはできない。むしろ,申立人が会社を代表し,相手方甲山B子が喪家を代表するという役割分担があったと見るのが自然である。

イ被相続人の死亡後被相続人所有の位牌は相手方甲山B子が一貫して管理している。他方で,申立人は平成19年3月×日に祭祀財産の承継者の指定調停事件(同年(家イ)第xx号)の申立てをする以前にその引渡しを求めたことはなく,位牌の詳細も把握していなかった。

ウ被相続人の死亡後相手方甲山B子は毎朝イの位牌が収められた仏壇に供物を供えて礼拝し供養している。また,被相続人の一周忌,三回忌及び七回忌については日程の決定及び菩提寺の0○寺(東京都○○区△△町)への申込みは申立人が行ったが,関係者に対する連絡その他必要な手筈は相手方甲山B子が調えた。

エ平成13年相手方甲山C男,相手方甲山E男及びこれらの子3名(合計5名)が原告となり,会社(当時の代表取締役は申立人)を被告とする訴えを提起したことを契機として相手方全員は申立人と冠婚葬祭において同席することを避けるようになった。このような状況の中で,申立人は被相続人の十三回思を平成16年×月×日に○○寺において執り行うことを予定していたが,その直前に相手方甲山B子が00寺に十三回忌の中止を依頼する事態となり, 結局申立人は被相続人の十三回忌を中止した。他方で,相手方甲山B子は申立人を除く親族の参加を得て被相続人の供養等のための会合を持った。

オ相手方甲山B子は毎年7月末ころ00寺において執り行われる施餓鬼に出席してきたが,ここ数年相手方甲山C男を代理出席をさせている。ただし,申立人が施餓鬼に出席することが事前に判明したときは会場でのトラブルを避けるため,相手方甲山B子及び甲山C男は出席を差し控えざるを得なかった。

カ申立人は被相続人の十三回思の前ころ被相続人と同じ墓(0○寺所在の墓石正面に「甲山G男家之墓」と刻まれたもの)には入らないと言明した。

なお,申立人は,被相続人の墓は狭いので申立人は入れないと言ったものであると弁解するけれども,このような弁解は○○寺所在の墓地の規模から見て極めて不合理であって信用することができない。

キ本件において,申立人は祭祀財産の承継者を申立人と指定することを求め,相手方甲山B子,甲山C男,甲山E男及び甲山F男は相手方甲山B子を祭祀財産の承継者と指定することを求めている。なお、相手方甲山D男は申立人文は相手方甲山B子のいずれが承継者となるべきかについては意見を留保している。

(2) 以上,被相続人死亡後の祭祀財産の管理状況及び祭祀の執行状況,申立人及び相手方甲山B子の祭祀を主宰する意思の堅固性及び継続性並びに被相続人に対する慕情,愛情,感謝の気持ちの程度の相違,今後の祭祀を円滑に執り行う見通し、関係者の意見を総合すると,その年齢を考慮してもなお相手方甲山B子が承継者として最も適任であるというべきである。

4 結論

よって、主文第1項のとおり被相続人所有の系譜,祭具及び墳墓の承継者を相手方甲山B子と定めることとし,申立人の相手方占有中の被相続人所有の位牌の引渡しを命ずる審判の申立ては理由がないから主文第2項(1)のとおりこれを却下することとする。

なお,申立人の甲山家の祭祀主宰者を申立人と定める審判の申立て及び甲山H男の著作及び遺稿原本一冊の引渡しを命ずる審判の申立てはいずれも家事審判事項に該当しないから,主文第2項(2)及び(3)のとおりこれらも併せて却下することとする。(家事審判官菅家忠行)

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