相続放棄申述の却下審判に対する即時抗告事件

第l 抗告の趣旨及び理由
本件抗告の趣旨は,主文と同旨の裁判を求めるというものであり,その理由は,別紙のとおりである。第2 当裁判所の判断1 一件記録によれば,以下の事実が認められる。
(1) 被相続人B (以下「被相続人」という。)は,昭和53年×月×日,抗告人の母であるCと婚姻し,長男D (昭和54年×月×日生),長女E (昭和57年x月×日生),二女の抗告人であるA (平成3年×月×日生。以下「抗告人」という。)をもうけたが,平成14年×月×日,被相続人が定職に就かずに酒に酔ってはCに乱暴したりすることなどから,抗告人の親権者をCと定めて協議離婚した。
(2) 被相続人とCは,協議離婚する際,抗告人の親権者をCと定めたほか,長男D,長女EはCの戸籍に入ること,被相続人はCに対し慰謝料分としてCが使用している自動車をCに譲渡し,当該自動車の未払代金は被相続人が負担すること,そのほかに被相続人とCの聞には何らの債権債務がないほか,被相続人と子ども3名との間にも債権債務がないことを確認することなどを内容とする離婚協議舎を親戚2名の立会いの下で作成し,取り交わした。なお,被相続人は,平成8年×月×日, 00労働金庫から住宅ローンとして1420万円を借り入れるなどして,父と共有する形で00県00市内に家屋(以下「本件家屋」という。)を新築していたが,本件家屋は,被相続人の両親も生活しているB家の実家に相当するものであったことから,本件家屋はB家が所有するものとし,本件家屋に係る住宅ローン債務については被相続人や被相続人の弟Fが責任をもって完済していくことになった。
(3) 平成14年×月×日,子ども3名は,母の氏を称する入籍を行い,被相続人の戸籍から除籍された。抗告人は,両親が離婚して以来,親権者と定められたCに引き取られて, cと共に生活している。Cは,被相続人と離婚した際に被相続人との問で上記離婚協議書を取り交わし, cと子ども3名は,被相続人の戸籍から離れたことから, cのみならず子ども3名も完全にB家と切り離されたものと考え,被相続人に対して抗告人の養育費の支払を求めることもなく, cはもとより子ども3名も被相続人とはその後連絡を取らなかった。
(4) 被相続人は,平成18年12月×日に死亡した。Cやその子どもたちは,被相続人が死亡した当日に, Fからの連絡で被相続人が死亡した事実を知った。
(5) 被相続人は, 00労働金庫から住宅ローンとして1420万円を借り入れた際に,社団法人口口基金協会(以下「基金」という。)に対し,保証を委託し,この保証委託契約上の債務についてCが連帯保証をしていたところ,基金は,平成17年x月×日, 00労働金庫に1109万3985円を代位弁済した。
(6) 基金は,平成19年6月× 日,D, E及び抗告人の法定代理人であるCに対し,基金が00労働金庫に代位弁済した1109万3985円につき求償金請求権を有すること,担保物件である本件家屋は既に売却済みであることを通知するとともに,相続放棄の手続の有無などを照会する文書(以下「本件通知」という。)を送付したところ,そのころ同容面はD,E及び抗告人の法定代理人であるCの下に届いた。Cは,基金に対する債務は住宅ローンを組んだ際に加入した団体生命保険ですべて返済されたものと考えていたため,驚いて,基金の担当者に対し事情を尋ねたところ,本件家屋の競売が被相続人の死亡する前であったことから生命保険金は支払われず,債務が残ったとの回答を受けた。なお,本件家屋が競売による売却をされたのは,被相続人が死亡する約2か月半前の平成18年9月×日であった。
(7) そこで, D, E及び抗告人の法定代理人であるCは,弁護士に委任し,平成19年7月×日,福島家庭裁判所郡山支部に被相続人の相続を放棄する旨の申述をしたところ,同年10月×日, D及びEの申述は受理されたが,抗告人の申述は却下されたため,抗告人が本件抗告を申し立てた。原審が,抗告人についてのみ相続放棄の申述を却下した理由は,未成年者である抗告人については民法915条所定の熟慮期間の起算日である相続人の認識については抗告人の法定代理人であるCの認識によって判断するのが相当であるところ, cは被相続人の基金に対する保証委託債務を連帯保証しており,被相続人が死亡した時点で相続債務が存在していたことを認識していたというべきものであるから,抗告人については既に相続放棄をすべき期間を徒過しているというものである。なお, 00労働金庫から事務を引き継いだ口口労働金庫は,平成17年8月×日付けでCに対し連情保証債務の履行を求める書面を発送しており,上記書面を受領したCは, Fに対し,雛婚時の取決めに従ってB家の方で債務の履行をするよう求めたところ,その後, cは, どこからも債務の履行を求められなかったため,債務は順調に履行されているものと考えていたところ,平成19年1月×日付けで,再び基金から連帯保証債務の履行を求められたものの, c自身にはまとまった資産はなく,返済を検討できる状況にはなく,被相続人の弟のFも支払を続けていける状況にはないということであったが,被相続人が住宅ローンを組んだ際に加入した団体生命保険で弁済されるはずではないかという助言を実姉から受けるなどしたため,被相続人が死亡して日も浅く,基金としては被相続人の死亡の事実も把握しないまま通知をしてきたものと考え,それ以上の対応は取らなかった。
2 ところで,相続人は,自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内に単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならないが(民法915条1項本文),相続人において相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが,相続財産が全くないと信じたためであり,かつ, このように信じるについて相当な理由がある場合には,民法915条1項所定の期間は,相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識したとき又は通常これを認識しうべかりし時かぢ起算するのが相当である(最高裁判所昭和59年4月27日第二小法廷判決・民集38巻6号698頁参照)。また,相続人が未成年者の場合にあっては,財産管理能力のない未成年者を保護する見地からして上記熟慮期間の起算日である相続人の認識については法定代理人の認識によって判断するのが相当である。しかるところ,上記1で認定した事実によれば,抗告人の法定代理人であるCは,被相続人の基金に対する保証委託債務を連帯保証していたものであり,平成19年1月×日ころには基金から連常保証債務の履行を求められているのであるから,そのころには被相続人が住宅ローンを完済しないまま死亡した事実を認識することができたとみる余地もないわけではない。しかし, cは,連帯保証債務の履行を求められでも,基金に問い合わせなどもしないまま放置しており,本件通知を受けるに至って,初めて,抗告人の親権者として相続放棄の申述受理の申立てをしているところ, cがこの時点で抗告人につき相続放棄の手続をしたのは, cにおいて,被相続人と離婚した後は本件家屋はB家が実家として維持していくものと考えており,被相続人の生前に本件家屋が競売によって売却されたことも知らなかったし,仮に住宅ローン債務が残っていたとしてもこれは住宅ローンを組んだ時点で被相続人が加入した団体生命保険によってすべて完済されていると考えていたためであったことが認められ,そうすると, cは,抗告人の法定代理人として本件通知を受領したことにより,初めて抗告人が相続する被相続人の債務があることを認識するに至ったものと認めるのが相当である。そして,Cは,定職に就かず酒を飲んではCに乱暴することなどが原因となって被相続人と離婚し,その際の離婚協議舎の作成により,離婚後は子ども3名を含め,完全にB家とは切り離されたものど考え,被相続人を含むB家の人間と接触せず,住宅ローン債務はB家で処理することになっていたことなどを勘案すると,本件通知を受領するまで抗告人が承継する被相続人の債務があることなどについて十分な調査をしなかったことにはやむを得ない事情があったものというべきである。以上検討したところによれば,抗告人の法定代理人であるCが,平成19年6月× 日ころ基金から本件通知を受けるまでは被相続人には何ら相続財産がないと考えていたことについては相当な理由があったものというべきであり, したがって,本件通知の受領から3か月以内にされた本件相続放棄の申述は受理するのが相当というべきである。よって,当裁判所の上記判断と異なる原審判を取り消し,主文のとおり決定する。( 裁判長裁判官大楠弘裁判官鈴木桂子岡田伸太)

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