相続放棄の申述受理申立却下審判に対する即時抗告事件

第1 抗告の趣旨及び理由
別紙即時抗告申立書及び同理由書各写し記載のとおり。
第2 当裁判所の判断
1 一件記録によれば,次の事実を認めることができる。
(1) C (昭和5年×月×日生)は被相続人(大正12年×月×日生)の要であり,抗告人(昭和25年×月×日生)及びD (昭和27年×月×日生)は,それぞれ被相続人とCの長男及び二男である。被相続人は平成18年6月×日に死亡した。被相続人の遺産に属する財産としては,別紙遺産目録記載のとおり, Dと共有する自宅建物の共有持分5分の3,その敷地である宅地,山林数筆、預貯金等が存した。
(2) 被相続人はもと専業農家であったが,昭和53年ころから団体職員としても稼働するようになった。CとDは被相続人と同居し, Dは昭和46年から平成18年3月まで00に勤務していた。他方,抗告人は,昭和52年に結婚するまで被相続人, c及びDと同居して生活していたが,その後被相続人らと別居して生活するようになり,被相続人と会うのは盆や正月等年に数度にすぎなかった。
(3) D及び抗告人の聞においては, Dが被相続人のいわゆる跡取りの立場にあり, Dが被相続人の遺産を引き継ぎ,抗告人はこれを取得しないとの点において認識を共通にしており,相続に際しては,抗告人がDに一切をゆだね,手続上必要があればその指示に従い,協力する旨了解し合っていた。
(4) Dは,被相続人の死後間もない平成18年6月中に,被相続人の相続人らを代表して,被相続人が生前出資し,貯金し,建物更生共済に加入するなどして取引していた00農業協同組合(以下「本件農協」という。)00支所を訪れ,被相続人の本件農協に対する債務の存否を尋ね,債務はない旨の回答を得た。そこで, Dは, cとともに,本件農協における被相続人名義の普通貯金口座の解約及び出資証券の払戻しの手続をするとともに,本件農協を共済者とする建物更生共済契約の名義人を被相続人からCに変更する手続をした。この手続に際し,抗告人はDから連絡を受け,その求めに応じて,書類に押印する等必要な協力をした。
(5) 被相続人は,別紙遺産目録記織のとおり,平成3年ないし平成8年ころ,本件農協を貸主とする3口の消費貸借契約(元金合計3億円〉につき連帯保証人(うちl億円については連帯債務者)となっていた。このうち被相続人が連帯債務者となっているl億円の貸付けについては連帯保証人兼担保提供者による担保不動産の任意売却交渉が進行していたことから,本件農協は債務者らに対する返済の請求を控えていたが,任意売却が不可能な状況に至ったため,担保不動産の競売により貸付金(残元金7531万5245円)の回収を図ることとし,平成19年9月x日ころ,その旨をC,抗告人及びD (以下「抗告人らJという。)に通知した。
(6) 抗告人らは,本件農協による上記通知により被相続人の債務を初めて知り,抗告人は,平成19年11月×日,松山家庭裁判所に対し本件相続放棄の申述受理の申立てをした。
2 相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に,相続について,単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならないとされ(民法915粂1項本文),上記3か月の熟慮期間については,相続人が相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が相続人となったことを党知した時から起算するのが原別である。本件においては,前記のとおり,抗告人はかつて被相続人と同居し,別居後も年に数度は被相続人と会っており,被相続人所有の宅地上に建築された被相続人及びDの共有する建物にはC及びDが被相続人とともに居住していたことからすれば,抗告人らは,被相続人の死亡により自己のために相続の開始があったことを知るとともに,被相続人が上記不動産(自宅敷地の所有権及び建物の共有持分権)を含む積極財産を有することを知っていたものと認められるから,熟慮期間の起算点は平成18年6月×日であるところ,抗告人が本件申立てをしたのは平成19年11月×日であって,それまでに既に3か月の期間が経過していることは明らかである。しかしながら,相続人が,自己のために開始した相続につき単純若しくは限定の承認をするか又は放棄をするかの決定をする際の最も重要な要素である遺産の構成,とりわけ被相続人の消極財産の状態について,熱風期間内に調査を尽くしたにもかかわらず,被相続人の債権者からの誤った回答により,相続債務が存在しないものと信じたため,限定承認又は放棄をすることなく熟慮期聞を経過するなどしてしまった場合には,相続人において,遺産の構成につき錯誤に陥っており,そのために上記調査終了後更に相続財産の状態につき翻査をしてその結果に基づき相続につき限定承認又は放棄をするかどうかの検討をすることを期待することは事実上不可能であったということができるから,熟慮期聞が設けられた趣旨に照らし,上記錯誤が遺産内容の重要な部分に関するものであるときには,相続人において,上記錯誤に陥っていることを認識した後改めて民法915条1項所定の期間内に,錯誤を理由として単純承認の効果を否定して限定承認又は放棄の申述受理の申立てをすることができると解するのが相当である。なお,最高裁昭和57年(オ)第82号同59年4月27日第二小法廷判決・民集38巻6号698頁は,本件と司王案を異にするものであり,前記のように解しでも上記判例と抵触するものではない。これを本件についてみると,前記のとおり, Dは,被相続人死亡後間もない時期に本件農協00支所を訪れて被相続人の本件農協に対する債務の存否を尋ね,同債務は存在しない旨の回答を得,そこで,抗告人らは本件農協における被相続人名義の普通貯金の解約や出資証券の払戻しの手続を執るなどしたものであるが,それは,抗告人らにおいて同債務が存在しないものと信じたことによるものであり, それゆえに,抗告人らは被相続人死亡時から3か月以内に限定承認又は放楽の申述受理の申立てをすることもなかったものと認められる。こうした事情に照らせば,抗告人らは本来の熟慮期間内に被相続人の本件農協に対する債務の有無及び内容につき調査を尽くしたにもかかわらず,本件農協の誤った回答により同債務が存在しないと信じたものであって,後に本件農協からの通知により判明した被相続人の本件農協に対する保証債務の額が残元金7500万円余という巨額なものであることからすれば,上記のような抗告人らの被相続人の遺産の構成に関する錯誤は要素の錯誤に当たるというべきである。そうすると,抗告人は,錯誤を理由として上記財産処分及び熟慮期間経過による法定単純承認の効果を否定して改めて相続放棄の申述受理の申立てをすることができるというべきであって,抗告人が平成19年9月×日ころに本件農協からの通知を受けて被相続人の債務の存在を知った時から起算して3か月の熟慮期間内にされた本件の相続放棄の申述受理の申立ては適法なものとしてこれを受理するのが相当である。
3 よって,これと異なる原審判を取り消した上,抗告人の相続放棄の申述を受理することとし,主文のとおり決定する。(裁判長裁判官矢延正平裁判官豊津佳弘蔚藤聡)

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