業務上横領被告事件

1 本件控訴の趣意は,弁護人口口口口作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり.これに対する検察官の答弁は検察官ムムムム作成名義の答弁d記械のとおりであるから,これらを引用する。弁護人の所論(以下,単に「所論」という。)は,要するに,被告人は本件の被害者である披後見人の甥であり,刑法255条が準用する同法244条2項所定の親族関係が被害者との聞に存在するから, これらの規定により本件業務上横領罪は親告罪に該当し,その起訴が訴訟条件を満たすためには,被害者の法定代理人である被告人の後任の成年後見人において,犯人を被告人であると知った日(成年後見人に選任された平成17年10月× 日ないし遅くとも被告人との聞において被害弁償に向けた債務弁済契約等を締結した平成17年11月×日)から告訴期間である6か月(刑訴法235条1項本文)内に告訴を行う必要があったところ.実際の告訴は告訴期間経過後である平成18年5月×自になって行われたから,本件公訴提起は違法であり,公訴を棄却すべきであったにもかかわらず,有罪判決を言い渡した原判決は,刑法255条. 244条2項の適用につき,判決に影響を及ぼすことが明らかな誤りがあるとする法令適用の誤り,及び, 仮に本件につき刑法255条.244条2項の適用がないとしても.被告人を懲役2年の実刑に処した原判決の量刑は不当に重すぎるとL、う量刑不当の主張である。
2 法令適用の誤りの論旨について親族相監例は.i法は家庭に入ちず」との思想の下.親族問で敢行された一定の財産犯罪につき,その法律関係が親族問のみにとどまる場合には.国家が刑罰権の発動を差し控え,行為者と被害者との関係により,行為者の刑を免除し(刑法244条1項が適用ないし準用される場合にあるいは親告罪として刑罰権の発動を被害者の意思に委ねる(同条2項が適用ないし準用される場合)のが望ましいとの趣旨から,刑事政策的に設けられた規定である。したがって,親族以外の者が当該財産犯罪に係る法律関係に重要なかかわりを有する場合には,その者が直接・間接に法益侵害を受けるという意味での「被害者Jには当たらないとしても,その法律関係は,既に純粋に「家庭内の人間関係Jに限局されたものとし、う性格を失っているとみざるを得ず,その意味で親族相盗例の適用ないし準用は排除されるというべきである。業務上横領罪は,他人の委託に基づき,業務と.して物を占有する者が,その委託の趣旨に反し,その物を不正に取得して所有権その他の本権を侵害する犯罪であり,所有権その他の本権をその保護法益としている点で,ポ権を有する者がだれかということももちるん重要な犯罪要素であるが,行為の特質とし、う面では,むしろ委託者との委託信任関係違背の点を中核的要素とするものであるから,これに親族相盗例が準用されるには,行為者と物の所有権その他の本権を有する被害者との聞に親族関係が存在するだけではなく,行為者との委託信任関係を形成した者(この者は,上記の意味で当該法律関係に重要なかかわりを有する者といえる。)との聞にも親族関係が存在することを要するというべきである。そして,被害者の親族が家庭裁判所により被害者の成年後見人に選任され,家庭裁判所の監督を受けながら被害者の財産を占有,管理する中で業務上横領罪を犯した・としみ場合には,その成年後見人は,家庭裁判所の選任・監督とし、う関与の下においてのみ被害者の財産を占有,管理し得る地位を保てるものというべきであるから,被害者との聞に親族関係が存在したとしても,親族関係の想定で・きない家庭裁判所との間で上記のような委託信任関係が形成されている以上,とれに違背して行われた犯罪について親族相溢例の準用はあり得ないと解するのが相当である。この点,確かに,成年後見人が家庭裁判所により選任され,その監督を受けるとしても,成年後見人が占有する財産の所有者が被後見人であるのはもちろん,財産の占有,管理につき,成年後見人と民法上の委任関係にあるのはあくまでも被後見人であり,家庭裁判所と成年後見人との聞に,民法上の委任関係があるとはV、えなし、から,成年後見人による被後見人の財産の業務上横領につき,家庭裁判所をその被害者とみることはできない(したがって家庭裁判所は告訴権者であるとはいえな-い。本件においても,告訴をしているのは被告人の後任の成年後見人であり[甲2],家庭裁判所は告訴を行っておらず,家庭裁判所長が告発をしている[甲1Jo)。しかし, このような事案で家庭裁判所がいわゆる「被害者」には当たらないとして込その点が親族相盗例の準用を排除する際の妨げにならないと解すべきことは前示のとおりである。次に,成年後見制度の実態やそこにおける成年後見人の特質等につき,より具体的にみると,成年後見制度は,精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあり(民法7条).自ら適切な財産管理をすることができなくなった被後見人のため,家庭裁判所の選任,監督の下,成年後見人にその財産を占有,管理させ,もって,被後見人の財産を保護することを目的とした制度である。そして,一定の親族が後見開始の審判の請求権者とされていること(民法7条).被後見人の日常生活の実情を把握していることや費用の点などの事情ーから,実際には被後見人の親族が成年後見人に選任されることが多いのであるから,そもそも,親族であるからといって,成年後見入が被後見人に対して犯した財産犯罪につき,国家の刑罰権の干渉を差し控えるべきであるとし、う配慮.を要するものではなく,かえって,家庭裁判所の選任,監督の下に成年後見が行われる以上,成年後見人による被後見人に対する財産犯罪などの不正行為については,国家が責任をもって,厳正な対処をすべきであるとの要請こそ一段と強く働くというべきである。さらに,成年後見人による(業務上)横領罪の被害者である被後見人は,上記のように精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者であり,被害にあった際, 自ら加害者を告訴するなどの適切な対処をすることには困難を伴うのが通常であって,この点も,上記の要請を一層強く働かせるべき要素といえる。なお,前記のとおり,行為者との聞の委任関係が民法上は行為者と被後見人との聞に成立するものであり,家庭裁判所との聞に成立するものではないとしても,被後見人が上記のように精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者であり,被後見人本人が事理弁識能力を回復している時期に本人による請求がされることもあるが,基本的には,本人以外の親族等や検察官の請求により家庭裁判所が成年後見人を-選任するものであること(民法7. 8条.843条1項)からすれば,実・質的には,被後見人の財産管理を成年後見人に委託するのは成年後見人を選任・監督する家庭裁判所であるということができる。したがって,刑法上の業務上横領罪との関係で,家庭裁判所を,成年後見人に対し被後見人の財産の管理を委託守る者と解すること自体十ヲ?な根拠・理由があるというべきである。・以上のような親族相盗例の趣旨及び成年後見制度の趣旨・実態等にかんがみれば,家庭裁判所の選任・監督の下に被後見人の財産を占有・管理する成年後見人が犯した業務上横領罪については.たとえ被後見人との聞に刑法255条が準用する同法244条1項ないし2項所走の親族関係があったとしても,親族相盗例の準用はないというべきである。所論は,公務所の命令を理由に自己の財物等に対する窃盗罪や横領罪が成立する場合について,刑法242条や同法252条2項によりその処罰根拠を明、らかにしているのであるうがら,成年後見人を選任・・骨醤する家庭裁判所との親族関係がないという理由で親族相盗例の準用を除外するには,その旨を明文で規定することが,罪刑法定主義の要請で・ある旨主張する。しかし,刑法242条や同法252条2項は,犯罪の構成要件に関する規定であり,まさに罪刑法定主義の要請により,窃盗罪等の対象で・ある「他・人の財物」と同等にみなすべきものを明文で規定しているものである。これに対し,親族相盗例は,犯罪の構成要件についての規定ではなく,犯罪が成立することを前提に,その刑を免除する場合や公訴提起の条件として告訴を要する場合について規定したものにすぎないのであるから,刑法242条や同法252条2項と同列に論じることはできなし、。行為者は,刑法235条や同法253条の規定により何が刑法において禁じられた窃盗罪や業務上横領罪に該当する行為であるかについて事前に認識し得る状態におかれているのであるから,犯罪が成立することを前提に,例外的に刑の免除があり,あるいは告訴が公訴提起の要件になるというにとどまる親族相盗例につき,それ自体が相当にあいまいで不明確な規定であるならば格別,その規定の解釈につき所論のような反対説があり得るとしみだけでは,罪刑法定主義ないしその精神に反する規定の仕方であるということはできなし、。また,所論は,成年後見入につし〈て親族相盗例の準用を認めても,家庭裁判所は,成年後見人による後見事務を監督し(民法863条),その後見事務に問題があれば成年後見人を解任し(同法846条),新たな成年後見人を選任できる(同法843条2, 3項)し,新たに選任された成年後見人は被害者の法定代理人として解任された成年後見人を告訴することができる(刑訴法231条1項)から,何ら被後見人の保護に欠けるものではないとする。しかし,刑法244条1項所定の親族が成年後見人になった場合(実態としては,同項所定の親族が成年後見人に選任されることが最も多いとみられる。),親族相盗例の準用があるとすれば, (業務上)横領罪を犯した成年後見人の刑が免除されることになるが,そのような結果が被後見人の保護に欠けることは明らかである。そして.親族相盗例の準用の当否につき,同条1項と2項の場合を区別すべき;合理的な根拠は何ら見いだすことができなし、。よって,所論は採用し得なし、。以上のとおり,本件に親族相盗例の準用があることを前提とし法令適用の誤りを理由に公訴棄却の判決を求める論旨は理由がない。
3 量刑不当の論旨について’.本件における主な量刑事情は,原判決が「理由J中のr(量刑の事情)Jの項で説示するとおりであり,また,これに基づいて被告人を懲役2年の実刑に処した原判決の量刑自体も相当であり,これが重すぎて不当であるとは認められない。所論は,
(1) 被告人は,横領した金員を自らの遊興に使用したものではなく,事業の失敗により発生した消費者金融会社に対する債務の返済等に充当しているのであり,仮に被告人に債務清算の方法に関する知識があれば,弁護士等に相談して債務清算の問題を解決し,横領行為に至ることはなかったのであり,その意味で,被告人は多重債務問題の被害者ともいうベき側面を有している,
(2)被告人は,深く反省じ,所有する不動産を譲渡するとともに,消費者金融会社からの過払金返還金のほとんどを被後見人に引き渡し,今後も被害弁償を続けることを約束しており,被害額は多額であるものの,その被害回復に向けた努力は最大限行っているものといえるとして,被告人には情状特に酌量すべきものがあるから,執行猶予付判決が言い渡されるべきであるとする。しかし, (1)の鴻については,確かに,被告人は,事業の失敗により多額の債務を負うに至ったのであるが,事業をやめれば債務の増大を防げることが分かっていながら,親戚や近所の者に対する見栄から事業をやめることをせず,漫然と債務を増大させた(乙3)というのであるから,そこに酌むべき事情はない。また,借金に対する対処方法についても,所論がし、うように債務清算の方法に関する知識がなかったわけではなく,破産とし、う方法があることを知りながら,やはり一家の主として破産などするのはみっともないとし、う見栄もあって破産をせず,あえて被害者の財産を横領するようになったというのである(乙5)から,破産により債務を清算し,免責を受けるとし、う方法すら知らなかったような多重債務者の場合と同列に論じることはできなし、。被告人の供述中には,被告人が破産をしなかった理由について,上記のような見栄だけではなく,破産をすることによって連帯保証人に迷惑を掛けたくなかったとする部分もある(同じく乙5)が,横領行為に走り,連帯保証人に迷惑を掛けない分,被害者である被後見人に多大な被害を及ぼしたのでは本末転倒といわざるを得ない。これらの点も念頭に置けば.遊興費のためではなく,債務の返済のために犯行に’mじだという患は.犯行を開始するきっかけとして,遊興費目的である場合ほどの違法性まではないとの見方ができるにとどまる。さらに,きっかけはそのようなものであったとしても,被告人は,託された被害者の預貯金からの横領行為を繰り返すうち.預貯金の払戻しを自由に行えなくなるとみるや,自由な払戻しを確保する手段として成年後見人の地位を得た上ゼ・本件各犯行に及んだというのであり(乙4など),犯行自体被後見人の財産を保護するための成年後見制度を,被後見人の財産を横領するために逆用した極めて計画的かつ悪質なものである上,成年後見制度に対する信用を著しく損なうという意味で社会的にも多大の悪影響をもたらしたというべきである。しかも,家庭裁判所から財産目録の提出を求められた際,犯行の発覚を覚倍せざるを得ない状況となったのであるから,本来なら,そこで更なる犯行だけは思いとどまるべき強い抑制が働いてしかるべきところ,かえって.被告人は,犯行の機会が残りわずかの期間に限られたことから.自己の債務を完済する最後の機会とみて多額の横領を行い,その目的を達したのであり(乙6などに全く自己中心的の極みというほかなし、。このよう裁判例(家事)の刑責の中心はあくまでも犯行の計画性・執着性や態様の悪質性,結果の大きさ等に置かれるべきであり,これらを総合した刑賢の重大性が犯行のきっかけに係る事情により大きく左右されるものでないことは明らかというべきである。次に,(2)の点については,確かに.不動産を提供するなど,被害弁償に努めていることそれ自体は,被告人に相当程度有利に解すべき事情といえる。しかし,この点も,そのような被害弁償にもかかわらず,なお多額の被害が残っており,被害が完全に回復される見込みもない状況にあること,上記のとおり.いわゆる犯情に闘する被告人の刑責が余りにも重大であることとの対比において.上記被害弁償の事実をもって刑の執行を猶予すべき有力な事情とみることは到底でぎず,その他被告人に有利な事情を十分考慮に入れても.やはり原判決の行った量刑はやむを得ないものというべきである。以上のとおり,量刑不当の論旨も理由がなし、。4 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,刑法21条,刑訴法181条1項ただし岳を適用して,主文のとおり判決する。(金判長裁判官畑中英明裁判官寺西和史山地修)

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