推定相続人廃除申立事件

第1 事案の概要
本件は,申立人がその長男である相手方を推定相続人から廃除する審判を求める事案であり,申立人が主張する廃除事由ほ,別紙「申立の実情Jのとおりである。関係記録によれば,本件の経緯について,次の事実が認められる。

1 当事者(1) 申立人〈大正羽生存×月x’Ei壬γ註.c及ち妻Dの長女である。申立人は,昭和21年3月25日. E (大正10年×月xx日生)と婿養子縁組婚姻の届出をして,その間に長男の相手方(昭和22年×月×日生)をもうけたものの,昭和29年12月27日,相手方の親権者を申立人と定めて協議離婚の届出をした。Dは,昭和61年1月17日死亡し, cほ,昭和62年5月24日死亡した。(2) 相手方は,昭和52年11月5日,F (昭和23年×月xx日生)と婚畑の届出をして,その聞に長女G及び二女H (し、ずれも昭和53年×月×日生)並びに三女1(昭和57年×月×日生)をもうけた。相手方は,平成4年10月15日,長女,二女及び三女の親権者をいずれも相手方と定めて調停離婚し.平成8年9月9日, J (昭和35年×月×日生)と婚姻の届出をした。(3) 申立人に相手方以外の子はなく,相手方が唯一の推定相続人である。相手方が廃除により相続権を失ったときは,相手方の長女,二女及び三女が代襲して相続人となる。
2 紛争の経緯(1) 申立人の父Cは,特定郵便局である00郵便局の局長を務めていた。申立人は,昭和42年にCを継いで同郵便局の局長となった。相手方は,昭和45年に大学を卒業し,郵便局で勤務した。相手方は,昭和52年11月にFと結婚して実家に戻り,昭和54年ころから,相手方家族が自宅母屋で暮らし.申立人とC及びDが自宅離れで暮らすようになった。相手方は,昭和57年3月に申立人を継いで00郵便局の局長となった。同郵便局の局舎は申立人の所有であり,同局舎は申立人の前記自宅と同一敷地内にある。(2)相手方は,平成4年10月にFと調停離婚し,長女,二女及び三女は.親権者となった相手方との生活を統けた。自宅母屋は,平成6年に建て替えられ,相手方につき持分5分の4,申立人につき持分5分の1とする所有権保存登記がされた。申立人は,平成7年7月に自宅を出て(以下r1回目の家出Jという。),同年11月に自宅に戻った。申立人は,平成10年7月ころ,再び自宅を出て(以下r2回目の家出」という。),その後口口市内めマンションで・暮らすようになったところ,平成11斧1・月に自宅に連れ戻されたものの,同年7月に自宅を出た(以下r3回目の家出Jという。)。相手方は,平成14年6月30日,郵便局を定年前に退職し,同年8月,大阪府Aム市のJ名義の自宅に転居した。相手方の二女及び三女も相手方と暮らしてし、る。申立人は.相手方の転居後,00の自宅の離れに戻った。
3 調停,審判及び訴訟の経緯(1) 申立人は,平成11年11月22日,和歌山家庭裁判所に対し,相手方を申立人の推定相続人から廃除することを求める調停(平成11年(家イ)第xxx号,以下「前件調停」という。)を申し立てた。そゐ申立書に記載された廃除事・自は,相手方の申立人に対する暴力であった。前件調停は,平成12年4月14日,調停が成立しないものとして終了し,審判手続(平成12年俸)第xxx号,以下「前件審判]という。)に移行した。申立人は,前件調停の係員中,相手方が申立人の郵便貯金を不法に取得したとの廃除事由も主張するようになり,郵政監察局に対し,相手方がm類を偽造して申立人の預金を横領したなどとする平成13年7月13日付け告発状を提出した。ヘーー相手方は,平成14年12月19日,前件審判の第12回審判期日において,申立人に関する遺留分放棄許可の申立てをすると述べ,申立人は,前件審判の申立てを取り下げた。しかし,相手方は,同許可の申立てをしていなし、。(2) 申立人は, 和歌山地方裁判所に対し,平成14年7月10日,相手方が申立人の郵便貯金を不法に取得したと主張して,不法行為に基づく損害賠償請求ないし不当利得返還請求として,6959万0588円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める訴え(平成14年(ワ)第xxx号,以下「前件訴訟」という。)を提起した。前件訴訟については,平成16年1月78,申立人の請求を一部認容し,相手方に3621万2399円及びこれに対する遅延損害金の支払を命じる判決がされた。申立人及び相手方の双方が前記第1審判決を不服として控訴したものの,平成16年7月27日,各控訴を棄却する旨の判決がされ,前記各判決は,同年8月12日確定した。前記各判決の理由は,同旨であり,相手方は,申立人の主張する郵便貯金の一部について,権利者である申立人の意思に反して払戻しを受け,あるいはこれを担保に借入れをして, 申立人に3621万2399円の損害を与えたというものである。また,前記各判決では.1回目の家出及び2回目の家出の前に相手方の申立人に対する暴力があったこと,2回目の家出から連れ戻された後にも相手方の暴力が統いたことが理由中で認定されている。
4 申立人の精神障害ないし入格異常をいう相手方の主張ないし行動(1)相手方は,平成13年10月10日, 0ムO町長に対し, 申立人に精神的疾患の症状があり,家庭内でのその言行態様は全く異様であるとして,Aの資産等に関して,本人及び家族以外の代理人が各種届出・照会をした場合は,相手方に連絡をしてほしいとの哲面を提出した。相手方は,前件調停ないし審判においても,申立人に妄想性障害や統合失調症などの精神障害があるほか,申立人は人格異常であるなどと主張し,裁判所に,その旨の言い分を記載した書面を提出した。また,相手方が平成14年7月18日ころ申立人の郵便受けに投かんした手紙には,申立人について, r今までの2、考態様,行動等からみれば,妄想性人格障害,妄想性精神分裂症,老年期痴呆Jであるとの記載がある。-(’2) 相手羽ま,前性語訟心第l審においても平成15年5月8日付け上申書を書証として提出したところ,向上申書にも,申立人に「心の異常性」ないし「人格の異常性」があるとする相手方の言い分が詳細に記載されている。また,相手方は,前件訴訟の控訴審において,平成16年4月12日付け上申魯乞提出したが(控訴審で提出された書証はこの上申容のみである。),申立人が「妄想性人格障害J「妄想性統合失調症Jr老年期痴呆」であるとする相手方の言い分が詳細に記載されている。(3) 相手方は,平成16年H月1日の本件第2回審判期日においても,出頭した申立人の面前で,申立人に精神障害ないし人格異常がある旨を繰り返し述べた。
第2 当裁判所の判断
1 前記第1の事実及び関係記録によれば,①相手方は,平成4年4月に申立人に無断でその定期預金を担保として借入札をしたものの,返済をしなかったため,平成6年4月7日に申立人の預金が解約されて39万1291円が控除されたこと,②相手方は,平成8年10月から平成11年11月までの間, 自らが局長を務めるCわ郵便局において,申立人の承諾なくその郵便貯金合計3582万11Q8円の払戻しを受け, これらの金員を取得したことが認められる。
2 前記第1の事実及び関係記録中の申立人の供述によれば,相手方の暴力について,後記(1)ないし(3)の事実が認められる。相手方は,この点に関する申立人の供述は,精神障害などによる申立人の妄想というのであるが,関係記録によれば,相手方は,前件訴訟において,申立人の主張中,前記lの認定に沿う部分についても申立人の妄想で・あるとの弁解をしていたことも認められる。このような相手方の態度に照らせば,暴力を否定する関係記録中の相手方の供述は信用できない。(1) 相手方は,平成4年10月Fと離婚した後;申立人に暴力を振るうようになり,申立人は,平成7年7月ころ,留守番電話に申立人.を脅す相手方の芹Jが入っているのを聞き. 1回目の象出をした。(2) 申立人が1回目の家出から戻った後,平成9年になると.相手方は,再び申立人に暴力をふるうようになり,申立人は,平成10年7月ころ. 2回目の家出をした。申立人は,平成11年1月8日, 留置にしていた郵便物をOムO郵便局て・受け取った際,申立人あての郵便物を誤って自宅へ配達したと言われ,相手方は日中不在にしているだろうと考えていたことから.CXコの自宅へ寄ったところ,帰宅した相手方に見っかり,申立人は,同月9日,αコの自宅へ連れ戻された。(3) 相手方の暴力はいったんやんだものの,平成11年5月ころから.相手方の申立人に対する暴力が始まった。申立人は,同年7月3日午後6時ころ,相手方からの電話で・呼ばれて母屋へ行ったところ,相手方は,母屋の仏間で申立人の髪の毛をわしづかみにして,顔を平手打ちし,さらに申立人を押し倒して身体の上に覆いかぶさり,その首を絞めるなどした。申立人は,同年7月18日. 3回目の家出をして,弁護士代理人に委任の上,同年11月22日,前件調停の申立てをした。
3 相手方は,本件審判においても,申立人に精神障害があり,また.申立人は人格異常である旨を述べる。しかし,申立人は,そのような医師の診断を受けたことはないことが認められ, この点は相手方も自認するとごろである。かえっ・て,申立人は,平成13年11月29日にムO郡口O町所在のロム口病院において診察,心理テストを受け,精神障害は認められないとの診断を受けていることが認められる。平成16年11月1日の本件審判期日の申立人の発言内容にも,申立人の精神障害を疑わーせるような事情は認められない。そうすると,相手方が申立人の精神障害について述べるところは,何の根拠もないものというほかなく,相手方が申立人の人格異常をいう点についても,これを肯定できる根拠は見当たらない。4 前記第1の事実及び前記1ないし3に認定判示したところからすれば,相手方は,申立人に虐待をし,重大な侮辱を加えたほか,著しい非行に及んだものであるといえる。これにより.申立人と相手方の相続的協同関係は破壊されたものといわぎるを得ないから.相手方を申立人の推定相続人から廃除するのが相当である。この点を補足Uて説明すると,次のとおりである。(1) 前記2のとおり,相手方は,平成4年10月にFと離婚した後,申立人が平成11年11月に前件調停を申し立てるまで,申立人に対する暴力を断続的に繰り返している。相手方ほ,暴力は申立人の妄想であるというばかりで具体的な事実関係を述べようとしない.ため,その背景事情は必ずしも明らかではないが,これが一時の激情に出たものセないことも明らかであり,これらの暴力は申立人に対する虐待に当,たる。また,前記1のとおり,相手方は,平成8年10月から平成11年11月までの間,申立人に無断で,その郵便貯金合計3582万1108円の払戻しを受けて取得している。その額は多額である上,記録によれば,相手方は現時点でこれを返済する意思もないことが認められるから,この相手方の行為は著しい非行に当たるといわざるを得ない。(2) 相手方は,根拠もなく,前記第1・4のとおり,前件調停の申立てがされてから,申立人の精神障害ないし人格異常をいう主張ないし行動を続けている。相手方のこのような態度には,相手方が申立人の一人息子であり,年老いた申立人が自分の意のままに動き,その財産も自由になるという考えがあったにもかかわらず,申立人が相手方の暴力を廃除事由と主張して前件調停を申し立てたことや,その後,申立人が郵政監察局への告発を行い,相手方が郵便局を退職することになったこと,申立人が前件訴訟を提起したことなど, 3回目の家出の後,申立人が相手方に対して強い対応をしたことへの反発があるようにも思われる。しかし,前記1,2に認定判示したところからすれば,申立人の前記対応が根拠を欠くものではなく,前記のような事態は相手方が自ら招いた結果であるともいえる。それにもかかわらず,相手方は,根拠もなく..申立人の精神障害ないし人格異常をし、う主張ないし行動を続けているのであって,相手方は押立人に重大な侮辱を加え続けたというほかない。(3) 前記(1)の虐待及び非行そのものは平成11年以前のことであるが,相手方は,これを申立人から問題にされると,現時点に至るまで前記(2)の重大な侮辱を続けているのであり,これらの行為により,相続的協同関係は破壊されるに至ったことは明らかである。関係記録によれば,申立人も前件調停ないし前件審判の際には,相手方の戸籍に推定相続人廃除の記載がされた場合,相手方の子への迷惑になるのではないかという思し、から,廃除を求めるととをためらう気持ちもあったことが認められるものの,現時点においては,廃除を求める意思は固いことも認められる。
5 以上によれば,本件申立ては理由がある。(家事審判官奥山豪)

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