所有権転移登記手続等請求控訴事件

第1 当事者の求めた裁判
1 1審原告の控訴について
(1) 1審原告
ア原判決を次のとおり変更する。
イl審被告は, 1審原告に対し, 1148万6810円を支払え。(財産分与請求)
ウ1審被告は, 1審原告に対し, 2000万円を支払え。(慰謝料請求)
エ訴訟費用は,第1,2審とも1審被告の負担とする。
オ上記ウにつき,仮執行の宣言。
(2) 1審被告
ア本件控訴を棄却する。
イ控訴費用は1審原告の負担とする。
2 1審被告の控訴について
(1) 1審被告
ア原判決中, 1審被告敗訴部分を取り消す。
イ前項の部分につき,1審原告の請求を棄却する。
ウ訴訟費用は,第1,2審とも1審原告の負担とする。
(2) 1審原告
ア本件控訴を棄却する。
イ控訴費用は1審被告の負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は, 1審原告が, 1審被告に対し, 1審原告と1審被告とは,子をもうけるなど,将来婚姻することを前提にした内縁関係にあったが, 1審被告がこれを不当に破棄したなどと主張して,①内縁関係の解消に伴う財産分与として,1148万6810円の支払を求めるとともに,②債務不履行(婚約の不履行)又は不法行為による損害賠償請求権に基づき慰謝料2000万円の支払を求めた事案である。
(2) 訴訟の経過
ア原審裁判所は, 1審原告の請求のうち,①財産分与請求を250万円の限度で認容し,その余を棄却し,②債務不履行又は不法行為による損害賠償請求をいずれも棄却した。
イこれに対し,①1審原告は上記第1の1(1)のとおりの判決を求めて控訴し,②1審被告は上記第1の2(1)のとおりの判決を求めて控訴した。
(3) 当審における審判の対象
よって,当審における審判の対象は,上記(1)の1審原告の各請求の当否である。
2 争いのない事実
(1) 1審被告は,昭和48年1月24日, cと婚姻し,その聞に長女D(昭和49年12月12日生),二女E(昭和55年5月17日生)をもうけた。
(2) 1審原告は,大阪市の北新地でホステスとして働いていた昭和59年8月ころ,当時〇〇工業株式会社(以下〇〇工業」という。)の代表取締役であった1審被告と知り合った。その後, 1審原告は,昭和61年10月19日, 1審被告との間の子であるFを出産した。そして, 1審被告は,平成4年11月6日, Fを認知した。
(3) 1審被告とCとは,平成12年7月7日,協議離婚した。その後1審被告は,同年8月4日,Gと婚姻した。
なお, 1審被告の氏名は,従前は「H」であったが,改名と婚姻に伴う氏の変更により,現在は,本判決当事者側のとおりとなっている。
(4) 1審被告は,平成12年8月23日,1審原告に対し, 2000万円を振込入金した。1審原告は,このうち1000万円のみを受領して,同月30日,残額の1000万円を1審被告の銀行口座に振り込んで返還した。なお,1審被告は,同年6月以降. 1審原告に生活費等を支払っていない。
また, 1審被告は,平成13年3月31日,〇〇工業の代表取締役を辞任し,そのころ,〇〇工業から,退職慰労金として4288万4100円を受領した。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 1審原告と1審被告とが内縁関係にあったか否か。
ア1審原告
(ア) 1審原告と1審被告とは,昭和61年から平成12年3月までの間,内縁関係にあった。
(イ) すなわち. 1審被告は. 1審原告に対し,昭和60年5月の1審原告の誕生日以来,熱心に求愛し,また,1審被告との交際に反対していた1審原告の母親のもとに日参して.cとは離婚するから交際を許可してほしいと求めるほどであった。そのため, 1審原告は,昭和60年末ころ,初めて1審被告と肉体関係を持った。Fを出産したことについても. 1審被告が子供を作ることを提案したものである。1審被告は,昭和61年1月にl審原告が妊娠すると, しばしば1審原告の当時の住居(門真市所在)に寄ってから,夜中すぎに自宅に帰るようになり.Fの出産後は,毎日そのような生活を送るようになった。1審原告は,昭和63年春ころ,西宮市裁判例(家事)xx町に転居したが,このころから,1審原告が自宅に帰るのは隔日となった。さらに,平成2年夏,1審原告,1審被告及びFがレスト
ランに食事に行った際,cと鉢合わせすることがあって以降は, 1審被告は自宅に帰らなくなり,平成12年3月に別居するまで, 1審原告と1審被告とは,完全に同居していた。その間, 1審原告は,近所の住民や1審被告の母からも,1審被告の妻として扱われ. 1審被告も,Fの学校行事等に出席したり,会祉の人聞に対して.1審原告を妻として紹介するなどしていたのであり,事実上の夫婦としての生活を送っていた。
イ 1審被告
(ア) 1審原告の主張は,否認ないし争う。
(イ) 1審被告は.cと離婚して1審原告と婚姻すると約束したことはなく,そのような意思もなかった。Fの出産についても,1審被告は. 1審原告の姉と共にこれに反対したが,1審原告が,頑としてこれを聞き入れなかったものである。また,1審被告が1審原告宅に立ち寄っていたのは週に1,2回程度で,宿泊したことは僅かしかない。平成2年夏ころ,1審原告が主張するとおりの経過で.Cに1審原告との関係を知られるに至ったが.1審被告が. 1審原告宅に主として居住するようになったのは,平成9年4月にCが夫婦関係調整調停の申立てをした後のことである。1審原告の主張は,上記のとおり1審被告と同居するようになってからのことを,平成2年ころからのことのように誇張しているにすぎない。
(2) 1審被告とCとの聞の婚姻関係が形骸化していたか否か。
ア 1審被告
1審原告と1審被告が内縁関係にあったとしても,他方で1審被告とCとの婚姻関係(法律婚)が存在するいわゆる重婚的内縁である。したがって,上記法律婚が形骸化していない限り1審原告の内縁の妻としての立場は法律的に保護されない。
そして,1審被告の生活の本拠は,飽くまでもCのいる自宅であったし,娘ともアメリカに海外旅行に行くなどしていた。また.1審被告は,平成9年4月から夫婦関係調整調停の申立てがされたことを契機にCと別居するに至り, 主に1審原告宅にいることが多くなったが. 1審被告に離婚意思はなく,現に同調停は取り下げられた。したがって, 1審被告とCとの婚姻関係(法律婚)が形骸化していたとはいえない。
イ1審原告
1審被告は. 1審原告との交際当初から,cの悪口を言っていたし,既に主張したとおり,平成2年夏ころに1審原告と1審被告との内縁関係が発覚し,それ以降,1審被告はcのもとに戻らなくなった。1審被告とCとの婚姻関係(法律婚)は,昭和61年当時,既に形骸化していたものである。
(3) 1審被告が.1審原告との内縁関係を破棄したことに関して. 1審原告に対する損害賠償責任を負うか否か。
アl審原告
(ア) 1審被告の債務不履行ないし不法行為
既に述べたとおり. 1審被告は,将来はl審原告と婚姻すると明言しており.1審原告もこれを信じて内縁関係を継続してきた。ところが, 1審被告は,平成9年ころから新興宗教に傾倒するようになって,家庭を願みなくなり,平成12年3月には「精神世界に入ってしまった。」などとして. 1審原告に同居の解消を申し出た。1審原告は.1審被告の「必ず籍を入れる。」との言葉を信じ,これに応じたが. 1審被告は,同年6月ころ,金銭の支払等による関係の清算を書面(甲6)で一方的に申し出た上. 1審原告に対する生活費の支払を停止した。
そして. 1審被告は,同年7月にCと離婚し,同年8月,新興宗教の教祖らしき人物であるGと婚姻してしまった。
以上のような1審被告の行為は.1審原告に対する婚約不履行であるとともに,悪意の遺棄に当たる。また,上記事実経過に照らせば,1審被告が.Gとの不貞行為を原因として1審原告との内縁関係を解消しようとしたことも明らかである。したがって.1審被告は.1審原告に対し,債務不履行責任(婚約不思行)文は不法行為責任を負う。
(イ) 慰謝料額
1審原告は,上記(ア)のような1審被告の行為により,多大な精神的苦痛を被った。これを慰謝するための慰謝料の額は,2000万円が相当である。
イ 1審被告
(ア)1審原告の主張は,否認ないし争う。
(イ)1審被告が.1審原告との婚姻を約束したことはない。
1審被告は,かねて宗教に興味を抱くとともに,漢方医学と西洋医学を結びつけた「〇〇○」に関心を持っていたことから,その提唱者であるI氏の信奉者と交遊を持つようになり,その縁で同氏の妹であったGと知り合ったにすぎず,Gは新興宗教の教祖などではない。また. 1審被告は,Gのカウンセラー的な能力に惹かれ,結婚を決意したものである。Gは1審被告より11歳も年上であって,両者の聞に不貞関係などあり得ない。
さらに, 1審被告は, 1審原告との関係を清算するに当たって,相当な給付の提供を申し出ていたのに, 自ら交渉の機会を放棄したものであり, 1審原告から慰謝料を請求される理由はない。
(4)財産分与請求の可否及びその額
ア 1審原告
1審被告は,〇〇工業の代表取締役を退任した際に,退職慰労金として4288万4100円を受領している。そして, 1審原告は, 1審被告が同会社に勤務した28年間のうち,昭和61年から1審被告がCわ工業の代表取締役を退任するまでの15年間は,事実上の夫婦として生活してきたのであり,主婦として多大なる貢献をしている。したがって, 1審原告は,1審被告に対し,上記退職金のうち28分の15の半分に相当する1148万6810円
を,財産分与として請求できる。なお,本件のように,内縁関係の解消に伴う法的紛争解決のため,慰謝料請求及び財産分与請求が同時にされた場合には,財産分与請求は家庭裁判所の専属管轄とすべきではなく,地方裁判所にも管轄があるというべきである。
イ 1審被告
上記(2)アで述べたとおり,1審原告は,1審被告に対し,財産分与を請求しうる立場にはない。
1審原告は, 1審被告が金銭的清算を申し出た際も,これを拒絶し, 1審被告が支払おうとした2000万円のうち, 1000万円だけを受領して,残金の受領を拒絶した。また,1審原告は,平成7年の阪神大震災以前において,約8000万円の貯蓄を有していたし,平成15年に現在の家屋の他人名義の持分を約2000万円で買い戻すなどしており,これらの財産ないし資金が1審被告からの給付によって形成されたことは明らかである。
以上のとおりであるから1審原告は, 1審被告に対して,財産分与を請求することはできない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,①本件訴えのうち財産分与請求に関する部分は不適法であるから却下すべきであり,② 1審原告の慰謝料請求は, 400万円の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
2 事実の認定
当事者聞に争いのない事実,証拠(甲6,8の1・2,12の1-5, 13ないし16の各1・2,23, 24, 25の1-5, 28, 29の1-25,31, 33, 34, 38の1-23, 50, 51の1-4, 54,乙1,6, 10, 15の1・2,16, 17, 20,証人C, 1審原告,1審被告〔し、ずれもl審。以下同じ。〕。ただし,以下の認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 1審原告とl審被告とは,昭和59年8月ころ知り合い,昭和60年末ころから肉体関係を持つようになった。その結果, 昭和61年10月19日,両者の子であるFが生まれた。1審被告は, 1審原告がFを産むことに積極的ではなく, 1審被告の周囲もこれに反対した。そして, Fが生まれた当初は, 1審被告が1審原告宅を訪れる回数は必ずしも多くはなかった。しかし,Fの成長に伴って,自分に良く似たFへの愛情が増し, 1審原告宅を訪問する回数も増え,正月やクリスマスを1審原告及びFと過ごしたりもした。
(2) ところで1審原告は, 1審被告と出会った当時,大阪府門真市の居宅で母親と同居していたが,その後,兵庫県西宮市xx町に転居した。
また, 1審原告及びJ(1審被告の母。)は,平成元年8月31日,本判決添付の別紙物件目録1記載の土地(以下「本件土地」という。)を,共有持分を各2分の1ずつ購入し,その旨の所有権移転登記手続をした。そして, Jは,平成2年11月1審原告,1審被告及びFに対し,本件土地の自己の持分のうち1万分の134ずつをそれぞれ贈与し,平成3年12月, 1審原告及びFに対し,本件土地の自己の持分のうち1万分の77ずつをそれぞれ贈与した(ただし,その旨の所有権移転登記手続はされなかった。)。
(3) Cは, 平成2年夏ころ,D及びEと共に,西宮市内のレストランで, 1審原告, 1審被告及びFと鉢合わせし, 1審原告と1審被告の関係やFの存在を知った。なお, Cは,それまでは, 1審被告が外泊しているのは全て仕事上の出張のためでーあると信じており,1審被告の女性関係を疑ったことはなかった。1審被告は,上記のとおりCと鉢合わせした直後から,Cと話合いの機会を持った。Cは, 1審被告が, 1審原告との関係を解消することを希望したが, 1審被告は,Fの存在があるので, 1審原告と完全に縁を切ることは難しいなどとしてこれに難色を示した。
また, Cとの話合いの中で, 1審被告が1審原告のもとからFだけを引き取ることも検討されたが,Dが反対したため,そのままになった。
その後,1審被告は,Cとの聞及び1審原告との聞にそれぞれ子がいることも考慮して,両者の居宅を行き来するようになった。
(4) 平成4年5月, 本件土地上に本判決添付の別紙物件目録2記載の建物(以下「本件建物」とする。)が新築され,同年7月,共有持分を10分の9, 1審原告を10分の1とする所有権保存登記手続がされた。そして,同年11月ころ, 1審原告は,Fとともに本件建物に引っ越し,また,1審被告は,同月6日,Fを認知した。
1審被告は,Fに対する愛情もあって,1審原告が本件建物に引っ越した際は1審原告とともに近隣への挨拶回りをし,また,自治会の会合に出席したり,Fの学校行事にも参加するなどした。さらに,1審被告は,平成5年ころからは,おおむね3分の1程度は本件建物に泊まるようになった。このようなこともあって,近隣住民の間では, 1審原告と1審被告とは,本件建物に居住する夫婦であると認識されていた。そして, 1審被告は, 1審原告に対し,毎月の生活費の支払(最大で月額50万円)もしていた。
(5) 一方, 1審被告とCとは, 1審原告と1審被告との関係が発覚した後も離婚を考えることはなく,ぎくしゃくするようになった関係の修復に務めた。1審被告は, 3分の2ほどはCの居宅に帰り,Cと,家庭生活や子どもの教育問題について話し合ったり,二人で韓国や金沢,長門などに旅行に行くなどし, また,子どもたちと高校時代のホームステイ先を訪問したり,二女のEと海外旅行に出かけるなどした。
ところが,平成7年1月の阪神大震災の際, 1審被告が1審原告のもとに宿泊していたことから, Cは, このような一大事にCの居住する自宅にいなかった1審被告への不満を改めて感じるようになり,その後, 1審被告が帰宅する回数が減ってきたこともあっ
て,次第に1審被告との離婚を考えるようになった。そして,Cは,平成9年4月, 1審被告を相手方として,夫婦関係調整調停の申立てをした。
(6) 1審被告は,上記のとおり夫婦関係調整調停の申立てがされた際にCと別居し,本件建物において1審原告と完全に同居するようになった。その後, cは,上記調停の申立てを取り下げたが, 1審被告は,本件建物からC宅へ帰ることなく, 1審原告との同居を続けた。
(7) 1審被告は,宗教や超自然的事象に対する関心を強く持っていたが,平成9年ころ,気功やオーラなどで病気を治すというKなる人物と知り合った際に,Gとも知り合った。1審被告は,上記のようなKの療法に傾倒し,Kから良い気をもらうためのシールなるものをもらったり,類似のものを自ら考案したりして,本件建物の中のいたるところに貼ったりした。そして, 1審被告は,平成11年11月ころ〇〇工業を辞めて僧侶になることを決心し.そのことを1審原告に伝えたところ,1審原告は立腹し, 1審被告に対して極めて感情的な態度をとった。その後,1審被告は,平成12年3月,本件建物を出て1審原告と別居したが,その後も, 1審原告は, 1審被告の居住するマンションを訪問するなどしていた。
(8) 1審被告は, 1審原告に対し,平成12年6月21日付けの書面で,①1審被告が,本件土地及び本件建物のJの持分を同人から買い取り,これを1審原告に譲渡すること,② 1審被告が,1審原告に対し,Fの養育費として2000万円を支払うこと,③ 1審被告が, 1審原告に対し, 1審原告が1審被告に貸し付けたと主張している1000万円を支払うことにより, 1審原告と1審被告とのこれまでの関係を清算することを申し入れた。また,1審被告は, 1審原告に対し,そのころ, 1審被告代理人を通じて,宗教上の理由で1審原告と別れたい旨を伝えた。しかし1審原告は,このような1審被告の申入れを了承しなかった。なお, 1審被告は, 1審原告に対し,同年6月以降,それまで続けてきた生活費の支払を,1審原告の了承なく停止した。
(9) ところで, 1審被告は, cと離婚して1審原告と婚姻したとしても,Fの代わりにDやEを傷つけるだけであると考え,cとの離婚にも, 1審原告との婚姻にも踏み切れずにいた。1審被告は, Gがこのような悩みについて相談に乗ってくれたことから, Gを信頼するようになった。そして, 1審原告は,平成12年7月7日, cと協議離婚し,同年8月48, 1審原告と1審被告との関係を清算することについて1審原告からの了承を得ないまま,Gと婚姻するに至った。
(10) 1審被告は, 1審原告に対し,平成12年8月23日,上記(8)の申入れに関する1審原告からの承諾を得ないまま,2000万円(上記(8)のとおり1審被告が1審原告に対して提示したFの養育費に相当する金額)を送金して支払った。これに対し, 1審原告は,上記のような1審被告の態度を非難するとともに,送金された金員からl審原告が1審被告に貸したと主張している金額を差し引いた残額は1審被告に返還すること, 1審被告との話合いをする気がないことを記載した君面を1審被告に送付した上,同月30日, 1審被告に対し, 1000万円を返還した。
3 争点(1)(1審原告と1審被告とが内縁関係にあったか否か)及び争点(2)(1審被告とCとの間の婚姻関係が形骸化していたか否か)について
(1) 検討の順序
既に述べたとおり, 1審被告は,昭和48年1月24日にCと婚姻し,平成12年7月7日に離婚するまでの間,cと法律上の婚姻関係にあった。すなわち,仮に1審原告と1審被告とが内縁関係にあったとしても. 1審被告がCと離婚するまでの聞は,いわゆる重婚的内縁の状態にあったものである。そして, このような重婚的内縁が法的に保護されるためには,法律上の婚姻関係が破綻し,形骸化していることが必要であると解される。そこで,まず争点(2)について判断する。
(2) 争点(2](1審被告とCとの聞の婚姻関係が形骸化していたか否か)について
ア 上記2の認定事実によれば,次のとおりいうことができる。すなわち,① 1審被告とCとの婚姻関係は,平成2年夏ころ.cが1審原告と1審被告との関係やFの存在を知ったことによってぎくしゃくするようになった。②しかし,1審被告.cとも,離婚を考えることはなく.3分の2程度はCの居宅で生活をし,家庭生活や子どもの教育について話し合ったり,一緒に旅行をするなどして,互いに関係の修復に務めた。③ところが,cは,平成7年の阪神大震災の際に1審被告が本件建物にいたことをきっかけとして,徐々に1審被告との離婚を考えるようになり,平成9年4月. 1審被告を相手方として夫婦関係調整調停の申立てをした。④1審被告は,向調停の申立てがされた際にC宅を出て,1審原告と完全に同居し,その後,平成12年7月7日に離婚するまで, 1審被告とCとが共に生活をすることはなかった。
イ このような事実経過に照らせば. 1審被告とCとの法律上の婚姻関係は上記調停の申立てがされた平成9年4月ころに破綻し,形骸化することになったものというべきである。
したがって. 1審原告と1審被告とが内縁関係にあったとしても,平成9年4月以前の両者の関係は,直接は法的保護の対象にならないというべきである。
ウ この点. 1審原告は,① 1審被告は. 1審原告との交際を開始した当初から,たびたびCの悪口を言っていた,②1審被告は,平成2年夏にCに1審原告との関係が知られた後,全くCの居
宅に帰らなくなった,③ 1審原告の居宅である本件建物には. 1審被告の所有物が多数保管されており,また.1審被告は,正月等の行事を1審原告とともに過ごしている,などとるる主張し
て. 1審被告とCと婚姻関係は,昭和61年ころには既に破綻していたなどと主張する。
しかし,① 1審被告が.cの悪口を言うことがあったとしても.1審被告とCとの婚姻関係が形骸化しているという事実に直接つながるものではないことが明らかである。②また,既に認
定したとおり,平成2年以降. 1審被告が全くCのもとに帰らなくなったとは認められない。③さらに. 1審被告の所有物が本件建物に保管されていたり. 1審被告が正月等を1審原告宅で過
ごしていたとしても,そのことから,直ちに1審被告とCとの婚姻関係が破綻し,形骸化していたとの結論を導くことができないことは明らかである。1審原告の主張は,到底採用することが
できない。
(3) 争点(1)(1審原告と1審被告とが内縁関係にあったか否か)について
ア上記2の認定事実によれば次のとおりいうことができる。すなわち,① 1審原告と1審被告との聞には,昭和61年10月にFが生まれ,両者の関係及びFの存在は,平成2年夏ころにCの知るところになったが,その後も.両者の関係は続いた。②1審原告及びFは,平成4年11月,本件土地上の本件建物(本件土地,本件建物ともに, 1審原告と1審被告の母であるJの共有名義であった。)に引っ越したが, 1審被告は,同月,Fを認知し,平成5年ころには,本件建物で毎月のうち3分の1ほどの日に泊まるようになり, 1審原告と1審被告とは,周囲からも夫婦であると認識されていた。③また. 1審被告は, 1審原告に対し,毎月,生活費の支払もしていた。④そして, 1審被告は,平成9年4月にCから夫婦関係調整調停の申立てがされると,本件建物において完全に1審原告と同居するようになり,それ以後, 1審被告とCとが共同生活をすることはなかった。⑤1審被告は,平成12年3月,本件建物を出て1審原告と別居したが,その後も, 1審原告は. 1審被告のもとを訪問するなどした。⑥1審被告も, 1審原告に対する生活費の支払を統けたが, 同年6月,1審原告に対し,金銭によって両者の関係を清算することを申し入れるともに,生活費の支払を打ち切った。⑦そして,1審被告は,同年7月,cと離婚し.同年8月,Gと婚姻した。イこのような事実経過や, 1審被告の母であるJと1審原告及びFとの聞には音信があったこと(甲21の1・2,48), 1審原告は,平成11年には, 1審被告と共に, 1審被告の先祖の墓所を訪れていること(甲40の1の1-3, 1審原告)などにも照らせば, 1審被告とCとの法律上の婚姻関係が破綻・形骸化するに至った平成9年4月から, 1若手原告が1審被告に対して関係の清算を申し出た平成12年6月までの1審原告と1審被告との関係が,夫婦としての実質を備えた内縁関係に当たることは明らかというべきである。なお,1審被告の主暖は,1審原告と内縁関係にあったことを一切否認するものと解されるが,採用できない。
4 争点(3)(1審被告が, 1審原告との内縁関係を破棄したことに関して, 1審原告に対する損害賠償責任を負うか否か)について
(1)債務不履行責任(婚約不履行)について
ア1審原告は, 1審被告がCと離婚して1審原告と婚姻する旨約束したなどと主張し,証拠(甲33. 1審原告) には,これに沿う部分がある。しかし,これまで認定したところからすれば,上記証拠には,その重要部分において採用できない部分があると評価せざるを得ないことや上記証拠に反する証拠(乙16,17, 1審被告)に照らせば,上記1審原告の主張に沿う証拠のみでは.1審被告がCと離婚して1審原告と婚姻する旨約束したとの事実を認めるに足りず,その他,本件において,この事実を認めるに足りる的確な証拠はない。1審原告の主張は,採用することができない。
イしたがって,その余の点について判断するまでもなく, 1審原告の1審被告に対する債務不履行に基づく損害賠償請求は.理由がない。
(2) 不法行為責任について
ア婚約不履行について
上記(1)で述べたところからすれば,1審被告は,婚約不履行を理由とする不法行為責任を負わない。
イ不貞行為について
1審原告は, 1審原告と1審被告とが内縁関係にある聞に1審被告とGとが不貞行為をしたなどと主張し,証拠(甲33,34, 1審原告)には.これに沿う部分がある。また,1審原告は,上記主張
を裏付ける証拠として,甲3の1 (圏内旅行申込書)を提出する。しかし,甲3の1は,それ自体が1審被告とGとが不貞行為をしたことを示すものではないし,証拠(甲33,34, 1審原告)についても,いずれも伝聞に基づく1審原告の推測を述べる以上のものではない。このような事情や, 1審原告の主張に反する証拠(乙,10, 16, 17, 1審被告)に照らせば,証拠(甲3の1,33, 34, 1審原告)によっては,1審原告と1審被告とが内縁関係にある聞に1審被告とGとが不貞行為をしたことを認めるに足りない。また,その他,本件において,この事実を認めるに足りる的確な証拠はない。1審原告の主張は,採用することができない。
ウ悪意の遺棄について
(ア)上記2の認定事実によれば, 1審原告と1審被告との内縁関係が解消されるに至った経緯は以下のとおりである。すなわち,① l審原告とl審被告とは,平成9年4月ころ以降,完全に同居するようになったが, 1審被告は,同年ころ,Kなる人物と知り合い,同人の行う療法に傾倒していった。②1審被告は,平成11年11月ころ,僧侶になるなどと言い出し,平成12年3月, 1審原告と別居し,同年6月,宗教上の理由を挙げて, 1審原告と1審被告との関係を金銭で清算することを申し出るとともに,それまで続けてきた1審原告に対する生活費の支払を一方的に停止した。③そして, 1審被告は,同年7月,Cと離婚し,同年8月, 1審原告から両者の関係を清算することについての了承を得ないまま, Gと婚姻し,その後, 1審原告に対して2000万円を振り込んだが, 1審原告は, このうち1000万円を1審被告に返還した。
(イ) 上記同のような事実経過や,既に認定したとおりの従前の1審原告とl審被告との関係及びFの存在などに照らせば, 1審被告の行為は,正当な理由に基づかない内縁関係の不当破棄であり,悪意の遺棄(正当な理由がないのに同居,協力,扶助の義務を履行せず,実質的な夫婦生活を継続する意思の認められない場合)に当たると評価するほかない。すなわち, 1審被告が1審原告との内縁関係を解消しようとした動機が,僧になりたいとし、う宗教的な希望や,相談に乗ってもらったGに心引かれるようになったという点にあったとしても,これをもって, 1審原告の意向を考慮せずに,一方的に内縁関係を破棄することを許容すべき正当な理由と評価できないことは明らかである。したがって, 1審被告は, 1審原告に対し,不法行為責任を負うというべきである。
(ウ) この点, 1審被告は, 1審原告との関係を清算するに当たって,相当な給付の提供を申し出たのに, 1審原告が自ら交渉の機会を放棄したから1審被告に慰謝料の支払義務はないなどと主張する。しかし,そもそも,上記のような正当な理由によるとは評価できない内縁関係解消の申入れについて,1審原告に1審被告と交渉すべき義務がないことは明らかである。また,既に認定したような本件の事実関係に照らせば, 1審原告において, 1審被告がゆくゆくは自己と婚姻するものと考えていたとしても無理からぬものがあり, 1審原告が, 1審被告から一方的に金銭の支払を条件とする内縁関係の解消を求められたのに対し,交渉を拒絶したからといって, 1審被告による内縁関係の一方的破棄が正当化されるものでもない。1審被告の主張は,到底採用できない。
エ損害(慰謝料)額について
①本件において, 1審原告と1審被告とが直接法的保護の対象となるべき内縁関係にあった期聞は3年余と必ずしも長いものではない。②しかし,両者の聞には未成年の子がし、ることや,本件の事実
関係に照らせば, 1審原告において,1審被告がゆくゆくは自己と婚姻するものと考えていたとしても無理からぬ面があったというべきであることからすれば,本件における1審原告の地位は.十分に
法的保護に値するものというべきである。③そして,内縁関係解消の際の1審被告の態度は,多額の財産的給付の申し出はしているものの,現在に至るまで,内縁関係解消に伴う財産関係の清算が完了しているとは必ずしも評価し難し、(1審原告側が金銭の支払で内縁関係の清算をすることを拒否したことをもって1審原告を非難することはできないことは既に述べたとおりである。そして,1審被告としても, 1審原告がそのような態度をとったからといって,それ以上の働きかけをすることなく,放置してよいものではない。)。
これらの事情や,本件における1審被告の応訴態度,その他,本件において認められる一切の事情を総合考慮すれば. 1審被告が1審原告に対して支払うべき慰謝料の額は. 400万円をもって相当と認める。
(3) まとめ
以上のとおりであるから, 1審原告の債務不履行に基づく損害賠償請求は理由がない。一方, 1審原告の不法行為に基づく損害賠償請求は.400万円の限度で理由があり,その余は理由がない。
5 争点(4)(財産分与請求の可否及びその額)について
(1) 家庭裁判所が専属的に管轄すべき審判事項について地方裁判所に訴えが提起されたときは.地方裁判所は, これを家庭裁判所に移送することはできず,不適法な訴えとして却下するほかない(最高裁判所第二小法廷昭和38年11月15日判決・民集17巻11号1364頁,最高裁判所第一小法廷昭和44年2月20日・民集23巻2号399頁参照)。
そして,離婚に伴う財産分与は,家庭裁判所が専属的に管轄すべき審判事項とされており(民法768条2項,771条,家事審判法9条1項乙類5号).地方裁判所が例外的にこれについて審理・判断を
することが許されるのは,離婚の訴えの附帯的請求として財産分与の申立てがされた場合のみである(人事訴訟手続法「以下旧法」という。)15条1項)。
したがって,地方裁判所は,離婚の訴えの附帝的請求ではない財産分与請求にかかる訴えが提起されたときは,これを不適法なものとして却下するほかなし、。また,地方裁判所に係属する離婚の訴えにおいて財産分与の申立てがされた場合で・あっても,その後に離婚の訴えの係属が失われたときは,残存する附帯的申立てて、ある財産分与の申立ては,不適法として却下を免れない(最高裁判所第一小法廷昭和58年2月3日・民集37巻1号45頁)。
なお,旧法は,離婚の訴えを家庭裁判所の専属管轄とする人事訴訟法(同法2条. 4条)の施行に伴って廃止された(同法附則2条)。したがって.今後,地方裁判所が審理に関与するのは,同法
施行の際現に地方裁判所に係属していた離婚の訴え(同法附則4条1項により旧法が適用される。)の附帯的請求である財産分与の申立てに限られることになった。
(2) 内縁の夫婦の生前離別の場合に財産分与を認めるべきであるとしても,その実質的根拠は内縁が準婚的法律関係であるという点にあり,その実体法上の根拠は離婚に伴う財産分与に関する民法の規定の類推適用で、あると解される。そうすると,内縁の夫婦の生前離別に伴う財産分与は,離婚に伴う財産分与とその趣旨・目的や法的性質を同じくするものと考えるほかなし、から,その管轄について,上記(1)と別異の解釈をすべき理由はなし、。そして,内縁関係の解消については,離婚の訴えに対応する訴えの手続がないから,内縁の夫婦の生前離別に伴う財産分与について旧法15条1項を類推適用する余地はなく,その他,これについて地方裁判所に管轄を与えるべき特別の規定は何ら存在しなし、。したがって,内縁の夫婦の生前離別
に伴う財産分与請求にかかる訴えを提起された地方裁判所としては,これを不適法なものとして却下するほかないというべきであ
る。以上に反する1審原告の主張は,独自の見解を述べるにすぎないことが明らかであって,到底採用することができない。
(3) 以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,本件訴えのうち財産分与請求に関する部分は不適法であるから却下すべきである。
6 結論
以上の次第であって, 1審原告の訴えないし請求についての判断は,上記1のとおりとなる。よって,これと異なる原判決は一部不当であるから,1審原告及びl審被告の各控訴に基づき原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 赤西芳文 田中一彦)

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