審判前の保全処分(子の監護者指定,子の引渡し)申立各却下審判に対する抗告事件

第一
抗告の趣旨及び理由並びこれらに対する相手方の応答抗告の趣旨及び理由は別紙1に, これらに対する相手方の応答は別紙2にそれぞれ記載のとおりである。
第2 当裁判所の判断
1 本件は,子の監護者の指定及び子の引渡しの申立てを本案として,抗告人が自らを仮に未成年者の監護者と定めた上,未成年者を連れ去った相手方に対し未成年者の抗告人に対する仮の引渡しを命ずる審判前の保全処分を申し立てる事案である。原審は,抗告人の申立てをいずれも却下した。
2 前提となる事実関係は,原審判の該当部分について次のとおり補正するほか, その「理由欄の「2 事案の概要」に記載のとおりであるから, これを引用する。
(1) 2頁21行目の「いう約束をし」を「抗告人と約束した上で」に,25行目の「調停を」を「調停による協議」に, 同じく「15日に」を「15日には, 」にそれぞれ改める。3頁1行目;から5行目までを次のとおり改める。相手方は,上記夫婦関係調整調停の途中から代理人を選任し,その代理人と抗告人の代理人との聞で,同調停の期日聞にも,相手方と未成年者の面接交渉や未成年者の親権,監護権についての意見交換が行われたが,結局, この調停は平成20年×月×日に,離婚の合意には至ったものの親権者の指定については合意が成立する見込みがないとして, 不成立で終了した。その後も,離婚訴訟の提起を前提として,代理人間で未成年者と相手方の面接交渉についての交渉,意見交換が行われた。
(6) 相手方は,代理人にゆだねていた未成年者との面接交渉がなかなか実現に至らず, これ以上待てないと思い,親や代理人に相談することなく,未成年者を保育園から連れて帰ることを計画し,1週間ほど東京に滞在し,保育園の様子を見ながら決行するつもりで,上京した当日の平成20年×月×日午後×時すぎころ,未成年者が通園していた保育園を訪れたところ,未成年者が他の園児ともども園庭で遊んでいるのを見つけ,保育土がいないすきをついて門のかんぬきを外して圏内に入り込み,未成年者を連れ出した。その後,相手方は自らの母親に未成年者を連れ出したこと,xxの友人のところに行くことを電話連絡した。その後, この連絡を受けた相手方の母親が同保育園に相手方が未成年者を連れ出したことを電話で伝えた。
(3) 同頁6行自のr(6)Jをr(7)Jに改める。
3(1) 前提となる事実関係から明らかなとおり,本年×月×日,父である抗告人の下で事実上監護されていた3歳になる男児である未成年者を別居中の母で・ある相手方が連れ去ったところ,その翌々日である同月×日には抗告人から本件申立てがされている。そして,相手方による未成年者の連れ去りの経緯,態様は,要するに,離婚訴訟の提起を前提として未成年者との面接交渉についての交渉を代理人に依頼する一方で,面接交渉がなかなか実現には至らないとみるや,保育園において預かり保育中の未成年者を抗告人はもとより保育園にも何の断りもなしに,保育士のすきをついて保育閣内に侵入して連れ去り,現在に至るも抗告人には未成年者の居場所を明らかにしないというものである。ところで,別居中の夫婦の聞における子の連れ去りに対処するための法的手段としては.審判前の保全処分として未成年者の仮の引渡しを求める方法と人身保護諦求による方法とが存するところ,最高裁平成11年4月26日第一小法廷判決・半例タイムズ1004号107頁は,離婚等の調停の進行過程における夫婦聞の合意に基づく幼児との面接の機会に夫婦の一方がその幼児を連れ去ったという事案について,同幼児が現に良好な養育環境の下にあるとしても,その拘束には人身保護法2条1項,人身保護規則4条に規定する顕著な違法性があるとして,幼児の引渡請求を認めている。また,最高裁判例は,共に親権を有する別居中の夫婦の聞における監護権をめぐる紛争は,まずは,こうした問題の調査,裁判のためにふさわしい家事審判制度を担当し,また,そのための人的,物的な機構,設備を有する家庭裁判所における審判前の保全処分によるのが相当であるとの考え方に立っているものと解される(最高裁平成6年4月26日第三小法廷判決・民集48巻3号992頁は.人身保護請求の要件が充足される具体的な場合を示すについて,家庭裁判所の手続が先行することを前提としている。なお,最高裁平成5年10月19日第三小法廷判決・民集47巻8号5099頁〔特に,可部恒雄裁判官の補足意見〕参照)。そして,本件は,相手方による未成年者の連れ去りがあった後,抗告人から直ちに申し立てられたものであるところ,このような場合,人身保護法による詰求の場合における法的枠組みをも考慮して,申立ての当否を判断することが上記の最高裁判例の趣旨に沿うものと考えられる。特に,既に説示したような相手方による連れ去りの態様は,上記最高裁平成11年4月26日判決の事案と比しても違法性が顕著であるというべきところ(本件は,別居中の共同親権者の一方が他方の監護下にある幼児を連れ去った行為について未成年者略取罪の成立を認めた最高裁平成17年12月6日第二小法廷決定・刑集59巻10号1901頁の事案にも類する事案であるということができる。相手方は,平成20年×月×日から×日までの聞に未成年者と会わせるとし、う約束を抗告人が破ったなどと主張しているが,その証拠として提示するファクシミリ送付書によっても必ずしもその事実は認められない上,相手方の主張を前提としてもその行為を正当化することはできないというべきである。),申立ての根拠とする法令の選択によって裁判規範が著しく異なることとなれば,結局,人身保護請求に先んじて審判前の保全処分が活用されるべきであるとする最高裁判例の趣旨が没却されてしまうことは多言を要しない。以上の検討によれば,本件のように共同親権者である夫婦が別居中,その一方の下で事実上監護されていた未成年者を他方が一方的に連れ去った場合において,従前未成年者を監護していた親権者が速やかに未成年者の仮の引渡しを求める審判前の保全処分を申し立てたときは,従前監護していた親権者による監護の下に戻すと未成年者の健康が著しく損なわれたり,必要な養育監護が施されなかったりするなど,未成年者の福祉に反し,親権行使の態様として容認することができない状態となることが見込まれる特段の事情がない限り,その申立てを認め,しかる後に監護者の指定等の本案の審判において” いずれの親が未成年者を監護することがその福祉にかなうかを判断することとするのが相当である(原審は,子の引渡しは未成年者の保護環境を激変させ,子の福祉に重大な影響を与えるので監護者が頻繁に変更される事態は極力避けるべきであり,保全の必要性と本案認容の蓋然性について慎重に判断すべきものとしている。この点,その必要もないのに未成年者の保護環境を変更させないよう配慮すべき要部ーがあることはそのとおりであるとしても,審判前の保全処分が対象とする事案は様々であり,事案に応じて審理判断の在り方は異なるから,これを原審のように一律に解することは失当であるといわざるを得なし、。殊に本件においては,明らかに違法な行為によって法的に保護されるべき状態が侵害されて作出された事態に関して,それが作出された直後におけるいわば原状への回複を求めることの当否が問題となっているのに,その事態を審理判断の所与の出発点であるかのように解し,原審のいうように慎重に審理判断したのでは,既に説示した最高裁判例の考え方に明らかに反し,家庭裁判所に期待された役割を放棄することになるばかりか,かえって違法行為の結果の既成事実化に手助けしたこととなってしまう。また,このことは,違法行為の結果を事実上,優先し,保護するような状況を招来するから,結果的に自力救済を容認し,違法行為者にかえって有利な地位を認めることになりかねない。そのような対応では,実力による子の奪い合いを助長し,家庭裁判所の紛争解決機能を低下させるばかりか,元来趣旨としたはずの未成年者の福祉にも反する事態へと立ち至ることが明らかであって,本件のような事案を前提とした場合,原審のような枠組みで審理判断をすることは明らかに相当性を欠くというべきである。)。
(3) これを本件についてみるに,関係記録に照らしても,抗告人の未成年者に対する監護について上記の特段の事情は認めることができない。そうすると,相手方に対し,未成年者を抗告人に仮に引き渡すとの審判前の保全処分を求める抗告人の申立ては理由があるというべきである。他方,抗告人は,別途, 自らを仮に未成年者の監護者と定める審判前の保全処分を申し立てているが,未成年者の仮の引渡しのほかに監護者の仮指定を必要とする事情は関係記録上認められないから,この申立ては却下するのが相当である。
4 よって,これと異なる原審判をその範囲で・変更することとして,主文のとおり決定する。(裁判長裁判官園部秀穂裁判官平林慶一小海隆則)

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