子の監護に関する処分(養育費請求)審判に対する即時抗告事件

第1 抗告に至る経緯
一件記録によれば,次の事実が認められる。
l 抗告人と相手方は,平成11年,同じゲームセンターのアルバイト庖員として稼働していたことから知り合い,相手方がその職場を退職した平成12年8月ころから交際を始めた。
2 相手方は,上記退職後間もなく,母方叔父(実母Dの弟)Eが経営する〇〇織布株式会社に正社員として入社し,以後〇〇織布で稼働している。
〇〇織布は,昭和25年にEの先代が創業した会社であり,昭和53年以降.Eが先代を承継してその経営者となった。
〇〇織布は, 家具等に使用するレザー基布の製造販売を主な業務とする会社であり,正社員が12名ないし13名,パート従業員が7名ないし8名という規模の会社である。
相手方は,以前から〇〇織布でアルバイトをしていたがDやEの勧めで〇〇織布に入社したものである。
3 抗告人は,平成13年12月10日,相手方との間の女児である未成年者を出産した。未成年者は,平成15年3月21日確定の家事審判(大阪家庭裁判所堺支部平成14年(家イ)第△△△△号事件につき家事審判法23条に基づいてされた合意に相当する審判)により,相手方の子であることが認知された。
4 抗告人は,平成15年4月2日,未成年者の認知に関する戸籍の届出をし,同年4月19日. 相手方に養育費の分担を求める家事調停を申し立てたが(大阪家庭裁判所堺支部平成15年(家イ)第〇〇〇号),同調停は同年11月11日に不成立となって審判手続(原審)に移行した。
5 相手方が,その収入を証明するため原審裁判所に提出した資料は次のとおりである。
(1) 平成13年分の給与所得の源泉徴収票
ここに記載された支払総額は154万円であり,Dが相手方の扶養家族とされている。
(2) 平成14年分の給与所得の源泉徴収票
ここに記載された支払総額は158万円であり.やはりDが相手方の扶養家族とされている。
(3) 平成13年1月ないし12月の給与支払明細書12通
相手方に対する支給額として「基本給10万円」「勤務手当1万円」「職能手当1万円」「交通費l万円」との記載がある。その支給額の合計は156万円となり,平成13年分の源泉徴収票の支払総額よりも2万円多い。これら明細書には,時間外手当や夏季・冬季の一時金の記載は存在しない。
(4)平成14年4月ないし6月の給与支払明細書3通
相手方に対する支給額として「基本給10万円Ji家族手当l万円」「職能手当l万円」「交通費1万円」との記載がある。その支給額の12か月分は156万円となり,平成13年分の源泉徴収票の支払総額よりも2万円多い。これら明細書には,やはり時間外手当や一時金の記載は存在しない。
(5)上記(3)(4)の給与支払明細書に記載された相手方の手取額は,平成13年1月から3月までが月額12万9800円(社会保険料の控除がされていない。),平成13年4月以降が月額11万1901円である。
6 抗告人は,未成年者を出産後,現住所地で実母Fと同居しているが,稼働していない。世帯の生計は月額4万2370円の児童扶養手当(平成14年1月以降受給),Fのパート収入(月額6万円ないし7万円)及び実兄Gからの援助によって維持されている。未成年者は,平成16年4月,近隣の保育所に通い始めたが,気管支瑞息の症状が悪化したため,同月28日以降,保育所に通所できない状
態にある。
7 原審裁判所は,平成15年12月4日,未成年者の養育費について,平成14年6月分以降の相手方の分担額を定めるのが相当であると判断し,かつ,抗告人の収入が零円,相手方の収入が年額158万円であると認定し,相手方の分担額を月額2万円と定め,相手方に対しその給付を命ずる審判をした。
第2 抗告の趣旨及び理由
抗告人は,原審判を不服として即時抗告し,原審判を取り消し,本件を大阪家庭裁判所堺支部に差し戻すとの裁判を求めた。その抗告の理由は,要するに,相手方提出の収入に関する資料は信用できず,これに基づいてされた相手方の収入に関する原審判の認定額は少なすぎるというものである。
第3 当裁判所の判断
1 養育費分担の始期について
前記第1の1ないし4の事実経過に照らせば,未成年者の養育費については,その出生時に遡って相手方の分担額を定めるのが相当である。
原審判は,抗告人が養育費の支払を求めた平成14年6月を分担の始期としているが,未成年者の認知審判確定前に,抗告人が相手方に未成年者の養育費の支払を求める法律上の根拠はなかったのであるから,上記請求時をもって分担の始期とすることに合理的な根拠があるとは考えられない。本件のように,幼児について認知審判が確定し,その確定の直後にその養育費分担調停の申立てがされた場合には,民法784条の認知の遡及効の規定に従い,認知された幼児の出生時に遡って分担額を定めるのが相当である。
2 相手方の就労及び生活等の状況について
一件記録によれば,次の事実が認められる。
(1) 相手方は,平成6年に実父を亡くし,以後,実母Dと2人で現住所の自宅で生活している。相手方は,自宅の土地建物を相続しているため(相手方と父方祖母との共同相続).家賃は不要である。
(2) Dは,平成11年ころまでは,実家(E家)の賄いの仕事をしており,これによる収入と相手方のアルバイト収入とで世帯の生計を維持していた。Dは,自家用車(ホンダ・プレリュード)を保有しており.これを運転して仕事等にでかけていた。
(3) 相手方は.〇〇織布に入社することになった際,通勤に使用する車がないことをEに相談したところ. Eは,平成12年9月,約500万円でメルセデスベンツ(以下「本件事両」という。)を購入し,これを相手方の通勤用にあてがった。相手方は,幼いころからEに可愛がられており.Eは,相手方にとっては非常に頼りになる親戚であった。
Eは,自分用には,本件車両と別に会社名義でリース契約を締結した車両を使用しており,相手方は,ほぽ毎日,通勤及びそれ以外の私用に本件率両を使用していた。
本件車両の購入費は,一部が現金,一部が3年返済の自動車ローンであり,ローン返済額は月額約10万円であった。相手方は,そのローン返済額のうち月額4万円だけを負担し.Eが残余のローンや保険料を負担していた。
本件車両のローンの返済は既に終了したが,相手方は,現在も従前と同様に本件車両を使用しており.Eも,会社名義でリース契約を締結した外国車であるアウディ(圏内販売価格1000万円程度)及び国産車カルディナ(販売価格250万円程度)を使用している。
(4)相手方は.月曜日から土曜日まで週6日間,午前9時から午後6時まで,正社員としてC丈澱布で就業し,主に一般事務に従事している。
〇〇織布の給与事務は.Eの姉が担当しており,相手方が原審裁判所に提出した給与支払明細書も同女が作成したものである。
(5) 大阪府の地域別最低賃金は時給703円であるところ.〇〇織布のパート従業員の時給は750円程度である。
(6) 相手方は,平成12年9月ころ以降週に1. 2回,本件車両を使用して抗告人とデートを重ね,デート費用の7割程度を負担しており,月のデート代だけで少なくとも数万円を支出していた。また,相手方は,抗告人に対し,給料の手取りは月20万円であり,このほかにいくらか賞与がある旨を告げていた。
(7) 抗告人は.Dに対しては,生活費として1か月当たり5万円ないし8万円を渡している。
3 相手方の収入について
(1) 相手方提出の給与支払明細書は,源泉徴収票と概ね一致しているが,給与支払明細書の記載が真実の給与支給額と一致しているとすれば,相手方は,抗告人と交際期間中(平成12年9月から平成13年夏ころまでに毎月,本件車両の自動車ローンの負担金4万円,抗告人とのデー卜費用として数万円を支払い,さらにDに生活費を渡していたということになるが,月々12万円前後の手取り給与だけでそのようなことが可能かどうかは疑問である。
(2)相手方は,当審での審尋の際,相手方が〇〇織布に就職したころ以降.Dが無職・無収入であり,そのため.Dが相手方の扶養家族となっていると述べているが,相手方の給与収入だけで相手方世帯が維持されており,かつ,給与支払明細書の記載が正しいとすれば,抗告人との交際期間中は,自動車さえ保有している相手方世帯の生活費がどのように捻出されたのかも疑問となる。
(3) また.〇〇織布での週6日.1日8時間の就業時聞を前提とすれば,相手方提出の給与明細書に記載された給与支給額は, 月1万円の交通訟を含めて計算しても時給650円となり(交通費を除外すれば時給600円となる。).大阪府の最低賃金よりも少ないし.〇〇織布のパート従業員の時給よりも少ないのであって,相手方は,非常に過酷な労働条件で就労し.Dとの世帯を維持しているということになる。
しかしながら.Eは.Dの弟であり,相手方を幼少のころから非常に可愛がっていた人物であって,相手方が〇〇織布に入社した際には,自らもかなりの経済的な負担をして高級外国車を相手方の通勤用にあてがったほどである。このような好人物が,上記のような過酷な労働条件で相手方を雇用しているとは容易には考えられないし,相手方もこれを不服に思わずに〇〇織布で就労を続けているとも考えにくいところである。
(4) 以上にみたとおりであって,相手方提出の給与支払明細書は,相手方が〇〇織布から受けている給与額を正しく記載したものであると考えるには疑問があるといわざるをえず,相手方は.〇〇織布で稼働することにより,少なくとも,抗告人に告げていた程度の収入を得ていたのではないかと疑われるのであって,この明細書やこれと棋ね一致する源泉徴収票に信頼性を認めて相手方の収入を認定することは困難である。
(5) したがって,未成年者の養育費に係る相手方の分担額を試算する際には,相手方の収入を平成14年賃金センサス(第4巻第1表F.大阪府繊維産業・企業規模計・25歳-29歳男子労働者)により年額378万1000円と推計するのが相当である(この推計額は公租公課を含むものである。)。
4 相手方の養育費分担額について
(1) 上記推計に係る相手方の収入額に,統計上妥当とされる標準的な基礎収入率(40パーセント)を乗じて推計される基礎収入(収入から,公租公課,住居費その他必要経費を控除した後の金額であり,食費等の生活費として通常費消できると認められる金額である。)は151万2400円となる。
次に,統計上妥当とされる標準的生活費率(抗告人:未成年者=100: 55 )を用い, 上記基礎収入のうち未成年者に配分されるべき生活費の額を試算すれば53万6658円(月額4万4721円)となる。したがって,未成年者の養育費に係る平成13年12月以降の相手方の分担額については,これを月額4万5000円と定めるのが相当である。
(2) なお,前記第lに認定の事実関係に照らせば.現時点では,抗告人にも一定の収入がある,すなわち抗告人にも潜在的な稼働能力があるとの前提で相手方の分担額を定めるのは相当ではない。
5 給付命令について
平成13年12月分から平成16年4月分までの分担額の未払額の合計は130万5000円となり,これについては全額の一括給付を命じるのが相当であり,平成16年5月分以降の分担額については毎月末日を弁済期として給付を命じるのが相当である。
6 結論
以上のとおりであって,相手方の収入に関する原審判の認定は相当ではなく,本件抗告は理由があるから.原審判を取り消し,家事審判規則19条2項に基づき,審判に代わる裁判をする趣旨で,主文のとおり決定する。( 裁判長裁判官 下方元子 裁判官 橋詰均 三宅康弘)

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