執行官の処分に対する執行異議事件

第1 事案の概要
本件は,申立人(妻)に対し子の引渡しを命ずる東京家庭裁判所八王子支部の確定審判に基づき,東京地方裁判所八王子支部執行官(現立川支部執行官)が子の引渡しの執行を行い,子を申立人の夫に引き渡したところ,申立人が執行官の行った子の引渡執行は違法であるとして,民事執行法11条に基づき執行官の執行処分の取消しを求めて執行官の処分に対する執行異識を申し立てた事案である。
第2 申立ての趣旨及び理由本件申立ての趣旨は,東京地方裁判所八王子支部執行官平成21年(執ロ)第000号子の引渡事件において,同支部執行官が平成21年×月×自に行った子の引渡執行の取消しを求めるものであり,その理由は, (1)申立人は, Bと平成12年×月×日に婚姻し,平成13年×月×日,両名の聞に長男c(以下「未成年者」という。)をもうけたが,Bと別居するに至った経緯や,申立人による未成年者の監護養育状況(出生から執行当時まで,未成年者の監護養育については主として申立人が行っている。)等をふまえると,未成年者をBに引き渡すのは不当である, (2)子の引渡執行における直接強制は認められるべきではないし,少なくとも当時7歳9か月であった未成年者のように,意思能力が認められる児童に対する直接強制は許されない, (3)仮に,直接強制が認められるとしても,基本事件において,執行官は,申立人に対し子の引渡しの履行の催告もせず,未成年者が一人で帰宅するところを路上で連れ去っているから,同執行は明らかに未成年者を物と同視し,未成年者の人権を無視する不当なものである,というものである。
第3 当裁判所の判断
1 事実経過記録によれば,次のとおり認めることができる。
(1) 申立人は,平成12年×月×日, Bと婚姻し,平成13年×月×日,長男である未成年者が出生した。
(2) 申立人とBは,申立人の不貞等が原因で不仲となり, Bは,平成20年×月,東京家庭裁判所八王子支部に対し,離婚を求める夫婦関係調整の調停を申し立てたが,子の親権者について合意が得られなかったため,同調停は不調に終わった。
(3) 申立人は,平成20年×月×日, Bに無断で未成年者を連れてBと別居した。
(4) Bは,平成20年×月×日,東京家庭裁判所八王子支部に対し,子の監護に関する処分(子の監護者の指定,子の引渡し)を申し立て(同裁判所平成20年闘第1678号),同時にこれを本案とする審判前の保全処分を申し立てたが,同保全処分の申立ては同年×月×日に取り下げられた。
(5) 東京家庭裁判所八王子支部は,平成21年1月22日, 上記子の監護に関する処分申立事件について,未成年者の監護者をBと定め,申立人に対し未成年者をBに引き渡すように命じる審判をした。
(6) 申立人は,上記審判について,東京高等裁判所に即時抗告をしたが,同裁判所は,平成21年×月×日,抗告を棄却する旨の決定をした。
(7) Bは,平成21年×月×日,東京地方裁判所八王子支部執行官に対し,東京家庭裁判所八王子支部の上記審判を債務名義として,未成年者をBに引き渡すことを求める強制執行の申立てをした。
(8) 東京地方裁判所八王子支部執行官は,平成21年×月×日午後×時×分,申立人の住所地付近路上で未成年者を確認し,同所で執行に着手した。同執行については, B及びその代理人弁護士○○が立ち会い,同執行官は,同日午後×時×分,未成年者を執行場所でBに引き渡した(以下「本件処分」という。)。上記執行現場において,未成年者が申立人に電話をかけたので,執行官は,申立人に対し,上記審判書に基づき未成年者をBに引き渡す旨の告知をした。(9) 申立人は,平成21年×月×日,東京地方裁判所八王子支部(現立川支部)に対し,本件執行異議の申立てをした。

2 以上の事実によれば,東京地方裁判所八王子支部執行官の行った本件処分は,適式に確定した東京家庭裁判所八王子支部の審判書を債務名義としてなされたものであり,その執行方法や執行態様においても格別違法,不当な点は認められず,本件処分は適法なものというべきである。なお,仮に,執行官の本件処分が違法であるとして取り消された場合に,申立人が現実に未成年者を取り戻すことができないとしても,本件処分の違法性は,申立人の未成年者に対する監護の継続性の判断に影響を及ぼすといえるから,申立人には異議申立ての利益があると解するのが相当である。
3 申立人の主張に対する判断
(1) 申立人は. Bと別居するに至った経緯や,申立人による未成年者の監護養育状況等に照らすと,未成年者をBに引き渡すのは不当である旨主張する。しかし,民事執行法11条に基づく執行官の処分に対する執行異議は,執行官が調査又は判断すべき執行手続上の法定要件の存否についての判断を誤り,あるいはその方式に違背した場合に,その違法を是正することを目的とする不服申立手段であるから,強制執行手続の基となった債務名義の判断についての不服を主張して,執行異議を申し立てることは許されないというべきである。したがって,申立人の主張には理由がない。
(2) 申立人は,子の引渡執行において直接強制は許されない旨主張する。子の監護者指定及び子の引渡しの審判は,父母が事実上の離婚状態で別居し,子の監護について協議が整わないときに.家族聞の紛争の処理に関して専門的調査機闘を備える家庭裁判所が,その後見的立場から,子の福祉のために必要があると認められる場合に,子の監護状況,父母の子に対する愛情,家庭環境,子の年齢,子の意向等を慎重に総合考慮した上で,民法766条1項,家事審判法9条l項乙類4号を類推適用して,夫婦の一方を子の監護者として定め,監護権を優先的に行使し得る地位を確認又は形成するものであると解される。ところで,このような審判に基づいて子の引渡しを直接強制することができるかどうかについては争いがあり,直接強制を否定する見解もないわけではない。しかしながら,子の監護者指定及び子の引渡しは,子の監護に関する問題について,家庭裁判所調査官や医務室技官等の専門的知見を有するスタッフが配置され,心理テストその他の実施が可能な諸施設の整備された家庭裁判所が,その専門性を生かして判断するものであるから, このような専門性の高い家庭裁判所の審判が確定し,夫婦の一方が子の監護者としての地位を認められた以上は,その判断は最大限尊重されるべきであって,可及的速やかに審判結果が実現され,監護親の下において子の監護養育をさせることが,子の不安定な立場を解消し,その心情の安定や健全な成長に資するものであって,子の最善の福祉に合致するものというべきである。したがって,親権ないし監護権に基づく子の引渡請求の法的性質は,単なる妨害排除請求権にとどまらず,引渡請求権としての性質をも有すると解すべきであり,その実現にあたっては,民事執行法169条に基づく動産の引渡執行の規定を類推適用して,直接強制を行うことが許されると解するのが相当である。仮に,子の引渡請求について間接強制しか許されないとすると,間接強制の制裁を受けても頑なに引渡しに応じない者に対しては,子の引渡しを命ずる審判がなされても,何ら実効性を伴わない画餅に帰することになりかねず,また,人身保護請求制度を利用するにしても,さらに多大な時間,費用等を要することとなり,そのような結果は,家庭裁判所の審判制度への信頼を損ない,ひいては自力救済を助長することにもなりかねず.著しく相当性を欠くものというべきである。もっとも,動産の引渡執行の規定を類推適用するとはいえ,執行対象が人格の主体である児重である以上,児童の人格や情操面への配慮を欠くことはできなし、から,執行官は,直接強制にあたり,児童の人格や情操面へ最大限配慮した執行方法を採るべきことはもとより当然のことである。
(3) 申立人は,未成年者は当時7歳9か月であり,意思能力が認められるから,未成年者に対する直接強制は許されない旨主張する。しかしながら,一般的にし、えば,小学校低学年の年齢程度の児童は,多少の個体差が存在するとしても,客観的に善悪,適否の判断力を備えているとはし、いがたく,意思能力を有していないと解すべきである。本件の未成年者は,執行当時7歳9か月の児童であり,小学校2年生に進学したばかりであるから,一般的には, その当時意思能力を有していたものと解することはできない。また,本件処分当時,未成年者が意思能力を有していたと認め得る特段の事情もうかがわれなし、から,執行官が未成年者をBに引き渡した本件処分が違法,不当なものであるということはできなし、。したがって,申立人の主張は採用できない。
(4) 申立人は,基本事件において,執行官は,申立人に対し子の引渡しの履行の催告もせず,未成年者が一人で帰宅するところを路上で連れ去っているがら,同執行は明らかに未成年者を物と同視し,未成年者の人権を無視する不当なものである旨主張する。そこで検討すると,前記認定のとおり,執行官は,平成21年×月×日午後×時×分,申立人住所地付近の路上で・未成年者を確認し,同所において執行に着手したこと,本件処分には,基本事件の債権者であるB及びその代理人が立ち会ったこと,同所において,未成年者が申立人に電話を掛けたので,執行官から申立人に対し,本件審判書に基づき未成年者をBに引き渡す旨を説明したこと,執行官は,同日午後×時×分,未成年者をBに引き渡し,本件処分を終了したことが認められるのであって,執行官の本件処分の方法及び態様に違法,不当な点はないというべきである。したがって,申立人の主張は採用できない。
4 以上によれば,申立人の本件申立ては理由がなく,これを却下すべきであるから,主文のとおり決定する。(裁判長裁判官小林崇裁判官河野泰義松永晋介)

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