名の変更許可申斗却下審判に対する抗告事件

第l 抗告の趣旨反び理由
l 抗告人は,原審が,平成21年×月×日付けで,抗告人の名であるiOJを「ムJに変更することの許可を求める申立てを却下する審判をしたので,抗告人がこれを不服として即時抗告し原審判を取り消し,本件を原審に差し戻すことを求めた事案である。
2 抗告理由の要旨は,次のとおりである。
(1) 抗告人が男性名を使用しなければならないことで多大の精神的苦痛を受けている。
(2) .抗告人は,平成18年×月×日に性同一性障害であるとの診断を受けて以来,女性として生活すべく精神的及び身体的治療(ホルモン療法,精巣摘出)を受け,将来的には性別適合手術を受ける予定である。(3) 変更後の名である「△」の使用実績は少ないが,使用実績の有無・程度を考慮するのは相当でない上,抗告人は.「△」への変更が許可されてから使用する予定であったため,インターネット上でハンドルネームとして「ム口Jという名を使用し,懸賞応募等で「△」という名を使用していたが,それ以外の社会生活では使用実績が少ない。しかし,原審において,使用実績があった方がいいと聞いたので,今夏,親戚,知人に「ム」に改名したことを通知し,公共料金の請求書の宛名も△」にしてもらっており,最近ではiAム」宛の郵便物も増え:てきている。
(4) 抗告人は婚姻しており, また,教職に就いているが,そのような場合でも名の変更が許可されている例もある。
(5) 以上によれば,抗告人の名の変更には「正当な事由」があり,変更を許可しなかった原審判は不当である。
第2 当裁判所の判断
l 本件記録によれば,以下の事実が認められる。
(1) 抗告人は,昭和32年×月×日に父Bと母Cの長男として出生した。
(2) 抗告よは,物心がついたときから自分の生物学的性別(男性)について違和感を感じており,爪にマニキュアを塗るまねをしたり,姉の服や靴を身につけたこともあったが,大学に入ってからは女性的な好みを隠して男性として振る舞うように努力し,大学卒業後,教員として働くようになってからはその方が円滑な社会生活を送れると考えて.自分の中の女性的な面を隠して男性として生活してきfこ。
(3) 抗告人は,昭和58年×月×日.Dと婚姻の届出をし現在まで同居しているが,両名の聞に子はし、なし、。なお,当裁判所の質問に対する回答書によれば.婚姻の点について,抗告人は,当時は,社会生活を円滑に送るために自分が女性であることを封印していたころであり,妻とは仲の良い友達であったことから,婚姻関係を結ぶことで男性であるととを確立できると思い婚姻した,妻とは婚姻初期には性交渉はあったが,徐々に減り,ここ20年間は性交渉はなく,その間,性同一性障害が社会的にも認知されてきたので,妻も抗告人の気持ちを理解してくれるようになり,時にはお互いの服を交換したりもしており,本件の申立てについても支援してくれているというものである。
(4) 抗告人は,性同一性障害というものが医学的にも認められ,恥ずべきことではないと知り,平成17年×月×日に00病院において性同一性障害(疑い)との診断を,平成18年×月×自にはムム病院において同障害である旨の確定診断をそれぞれ受け,平成19年×月か.ら平成21年×月×日まで口口病院でホルモン療法を受けている。さらに,並行して,00市内のxx病院においてカウンセリングを受けた上,平成19年×月×日にホルモンバランスのため,除皐術を受けた。
(5) 平成21年× 月×日付けのムム病院医師の診断書には, I染色体検査では正常男性核型,心理検査では存性への同一化を指摘されている。今後とも女性として生活していく意志は固く,現在ホルモン療法も行っているため,改名は必要であると考える。Jと記載されている。
(6) 抗告人は,女性用の衣服しか持っていないが,勤務先の学校では,勤務の性質上でジャージ一等を専ら使用しており(ただ;し,色は赤やピンクが多い。),特には女性であることを示すような格好をしているわけではないが,抗告人は,私生活と区別して職場では男性として振る舞うことが次第に難しくなっており,また, ホルモン療法等の影響もあって, 自然に女性的な面が出ていると認識している。勤務先の校長,教頭等の上司には説明しており,同僚・職員にも説明しており,保護者等には性同一性障害である旨の説明はしていないが,本件が許可されれば,管理職と抗告人とで保護者に説明をする予定にしている。
(7) 抗告人が申し立てる変更後の名である「△」については,抗告人は,自分が運営するブログのハンドルネーム等に「△」や「△□」という名を使ったり,親しい友人の間で「△」という名を使ったこ62・8ー78裁判例(家事)とはあるが,名の変更許可を受けてから正式に使用することを考えていた。しかし,本件申立て後,知人等にIA.6.Jの氏名で郵便物を出し, IAムJ宛の返事が来ており,また,公共料金の請求先の氏名もIAム」に変更してもらった。
2 上記認定事実に基づき.本件申立ての可否について検討する。
(1) 戸籍法107条の2は,名の変更には正当な事由のあることが必要である旨定めているところ, これは,名は氏とともに人の同一性を明らかにするものであって,名を変更することは一般社会に対して大きな影響を及ぼすものであるから, これをみだりに変更することを許さ江いこととして,呼称秩序の安定を確保するとともに,当人に当該名を使用することによって社会生活上著しい支障があって,当該名の使用を強いることが社会観念上不当であるとか,営業上や技芸上の襲名のように,変更後の名を使用することが当人の社会生活上必要かっ相当であるという場合などには名の変更を認めることとし公益と個人の利益の調和を図ろうとするのがその法意であると解される。
(2) 本件においては,抗告人は,性同一性障害に擢患しており,社会生活上, 自己が認識している性とは異なる男性として振る舞わなければならないことに精神的苦痛を感じ,抗告人の戸籍上の10Jという名は男性であることを表示していることから, FOJという名を使用することにも精神的苦痛を感じていると認められ,抗告人に責めに帰すべき事由があるなど,そのような精神的苦痛を甘受するのが相当であるといえるような事情は認められないから,上記(1)の「当該名の使用を強いることが社会観念上不当である」場合に当たるといえる。もっとも,名を変更することは当人だけの問題ではなく,一般社この点について検討す 会に対しでも影響を及ぼすものであるかぶ,学校に勤務しているが,上司や同僚は抗告人が性 ると,抗告人は,同一性障害に躍患していることを知っており,名の変更によって直ちに職場秩序に混乱を生じさせるとは認められない。また,保護者もともと抗告人は学校内でも女性らしさが表に出ていたと認められる ことも考慮すれば,校長や教頭なと、から適切な方AO 教諭と Aム教諭との聞に誤認混同が生じるおそれも少なく,教育の現場が混乱するとは直ちに認められな等については,法によ り説明すれば,い。また,名の変更によって職場以外の抗奇人の社会生活について一見一読しただけでは性混乱が生じるような事情も認められなし、。なお,抗告人は婚姻しているが,近時,別が明らかでない名も増えてきている ことは明らかであ り,i ム」という名が女性の名であるとも断定できないから, i ム」への名の変更によって直ちに同性婚の外観を呈するといえるか疑問である戸籍上の性別が男性であることは変わりがなく ,そのような外観を呈したことにより一般社会に影響を及ぼすとはいえない。
(3)上記(2) によれば,本件については,変更後の名である「ム」の使用実績が少ないとしても,抗告人の名を iOJから 「ムjに変更することには正当な事由があるといえる。
3 以上によれば,本件申立ては許可すべきであり,(3) これを却下した原審判は相当でないから,原審判を取り消し,家事審判規則19 条 2 項により主文のとおり決定する。(裁判長裁判官3 田 裁判官 松本哲j 弘岡口基一) 中義則

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