住民票不記載処分取消等請求事件

第l 事案の慨要
1 本件は,上告人X3(以下「上告人父Jという。)が世田谷区長(以下「区長」という。)に対し,上告人父と上告人X2(以下「上告人母」といい,上告人父と併せて「上告人父母」という。)との間の子である上告人Xl (以下「上告人子Jという。)につき住民票の記載を求める申出をしたところ,これをしない旨の応答を受け,その後も上告人母と共に同様の申入れをしたものの住民票の記載がされなかったことから.上告人らにおいて,被上告人に対し,上記応答及び住民票の記載をしない不作為が違法であると主張して,国家賠償法l条1項に基づく損害賠償等を求めるとともに.上記応答が行政処分であることを前提にその取消しを求める事案である。2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 上告人父母は,平成11年以降,東京都世田谷区内で事実上の夫婦として共同生活をしている。上告人父母の聞には,同17年3月企日,上告人子が出生し,上告人父は.これに先立つ同年2月24日,我孫子市長に上告人子に係る胎児認知届を提出して受理された。
(2) 上告人父は,区長に対し,同年4月11日,自らを届出人として上告人子に係る出生届(以下「本件出生届Jとし、ぅ。)を提出したが,非嫡出子という用語を差別用語と考えていたことから,届書中,嫡出子又は嫡出でない子(以下「非嫡出子」という。)の別を記載する側(戸籍法49条2項1号参照)を空欄のままとした。このため,本件出生届には,上記の欄が空欄になっており,かつ,同法52条2項所定の届出義務者である上告人母ではなく,上告人父が届出人として記載されているという不備が認められた。区長は,上告人父に対し.これらの不備の補正を求めたが.拒否され.前者の不備については,届奮の記載が上記のままでも,区長において屈笹のその余の記載事項から出生証明書の本人と届Eの本人との同一性が確認されれば,その認定事項(例えば.父母との統柄を「嫡出でない子・女Jと認める等)を記載した付せんを届告に貼付するという内部処理(以下「付せん処理」という。)をして受理する方法を提案したものの,この提案も拒絶された。そこで,区長は,同日,本件出生屈を受理しないこととした(以下,これを「本件不受理処分Jという。)。
(3) 上告人父は,区長に対し,同年5月19日,上告人子につき住民票の記載を求める申出をしたが,区長は.本件出生届が受理されていないことを理由に,上記記載をしない旨の応答(以下「本件応答Jという。)をした。
(4) 上告人父母は,その後も区長に対し上告人子に係る住民票の記載を求める申入れをしたが,区長はこれに応じていない。
(5) 上告人父は,本件不受理処分を不服として,区長に本件出生届の受理を命ずることを求める家事審判の申立てをしたが,東京家庭裁判所は,同年12月2日, 本件不受理処分に違法はないとして,同申立てを却下する決定をした。上告人父はこれを不服として抗告したが,東京高等裁判所は同18年1月30日,これを棄却する決定をし,これに対する特別抗告も同年9月8日の最高裁判所の決定により棄却された。上告人母は,その後も,現在に至るまで,上告人子に係る適法な出生届を提出していない。
(6) 上告人父母は,現在,世田谷区内で上告人子を監護養育している。なお,本件の第1審判決は,同19年5月31日,区長に上告人子に係る住民票の作成を命ずる判決を言い渡したが,被上告人は,原審の口頭弁論終結時(同年9月12日)までの間,本件出生届の提出後に上告人子の居住実態や通名(上告人子は出生届が受理されていないので戸籍上の名はない。)に変更を生じたなどの具体的な主張をしていない。
(7) なお,行政実務上,戸籍の記載と住民票の記載との連動を前提とした事務処理システムが全国的に構築されており,被上告人においても同様のシステムが導入されている。また.住民票は,行政実務上,選挙人名簿への登録のほか,就学,転出証明,国民健康保険,年金,自動車運転免許証の取得,都営住宅への入居等に係る事務処理の基礎とされているが,これらのうち,選挙人名簿への登録に関しては,上告人子が事実審の口頭弁論終結時において2歳であり,住民票の記載がされないことに伴う不利益が現実化しているものではない。その余の事務に関しても,被上告人は,住民基本台帳に記録されていない住民に対し,手続的に煩さな点はあり得るとしても,多くの場合,それに記録されている住民に対するのと同様の行政上のサーピスを提供している。
第2 職権による検討
原審は,本件応答が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たり,その取消しを求める上告人子の訴えが適法な取消訴訟であることを前提として,同訴えに係る請求を棄却した。しかし,上告人子につき住民票の記載をすることを求める上告人父の申出は,住民基本台帳法(以下「法」という。)の規定による届出があった場合に市町村(特別区を含む。以下同じ。)の長にこれに対する応答義務が課されている(住民基本台帳法施行令(以下「令Jという。)11条参照)のとは異なり,申出に対する応答義務が課されておらず,住民票の記載に係る職権の発動を促す法14条2項所定の申出とみるほかないものである。したがって,本件応答は,法令に根拠のない事実上の応答にすぎず,これにより上告人子又は上告人父の権利義務ないし法律上の地位に直接影響を及ぼすものではないから,抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しないと解される(最高裁昭和43年(行ツ)第3号同47年11月16日第一小法廷判決・民集26巻9号1573頁,最高裁平成2年(行ツ)第202号同3年3月19日第三小法廷判決・裁判集民事162号211頁参照)。そうすると,本件応答の取消しを求める上告人子の訴えは不適法として却下すべきである。
第3 上告人らの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 原審は,前記事実関係等の下において,次のとおり判示して,上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものと判断した。法8条及び令12条2項によれば,市町村長は,戸籍に関する届魯を受理したとき等,同項1号所定の場合に,職権で出生した子に係る住民票の記載をすべきものとされており,法はそれ以外の場合に.出生した子に係る住民票の職権記載をすることを予定していないというべきである。仮に市町村長が無戸籍の子につき職権で住民票の記載をすべき場合があるとしても,それは極めて例外的な場合に限られ,せいぜい,出生届をすることによって届出義務者や子が重大な不利益を被る場合で,かつ,戸籍法によって義務付けられた出生届の提出を届出義務者に求めることを社会通念上期待することができないような事情がある場合に限定されると解すべきである。本件において上記のような事情があると認めることはできないから,本件応答及び区長がその後も上告人子につき住民票の記載をしなかったことを違法ということはできない。
2(1 )法 は,市町村において,住民の居住関係の公証.選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り,併せて住民に関する記録の適正な管理を図り,もって住民の利便を増進するとともに,国及び地方公共団体の行政の合理化に資するため,住民基本台帳の制度を定めている(法1条)。住民基本台帳は.個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して作成する台帳であり(法6条).住民票には,住民の氏名,出生の年月日,男女の別,世帯主との続柄,戸籍の表示等を記載するところ,本籍のない者及び本籍の明らかでない者については,その旨を記載すべきものとされている(法7条)。また,市町村長は,新たに市町村の区域内に住所を定めた者その他新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは,その者につき住民票の作成又は記載をしなければならず(法8条.令7条).住民基本台帳に脱漏等があったときは,当該事実を確認して,職権で住民票の記載等をしなければならないものとされている(法8条,令12条3項)。そして,市町村長は,常に,住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めなければならないものとされている(法3条)。これらの規定によれば,法及び令は,当該市町村に住所を有する者すべてについて住民票の記載をして,住民に関する事務処理の基礎とすることを制度の基本としていることが明らかである。このことは,出生届が受理ざれず,戸籍の記載がされていない子についても変わりはない。
(2) ところで,法及び令は,子が出生した場合,世帯主等に,転入届, 世帯変更届等の届出義務を課することなく(法22条1項括弧書参照).出生届の受理等又はこれに関する関係市町村長からの通知に基づき,職権で住民票の記載をすべきものとしている(令12条2項1号,法9条2項)。そして,当該子につき出生届が提出されなかった場合におし、て,当該子に係る住民票の記載をするための手続として,出生届の届出義務者に対し届出の催告等をし,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき,職権で住民票の記載をする方法(法14条1項参照。以下「届出の催告等による方法」という。)と,職権調査を行って当該子の身分関係等を把握し.その結果に基づき,職権で住民票の記載をする方法(法34条参照。以下「職権調査による方法」という。)の2種類の手続を設けている。両手続の優先関係ないし補充関係に関しては,法及び令に明文の規定は置かれていない。しかし,戸籍法52条1項ないし3項所定の者は,出生の届出をすることを義務付けられており(同法的条参照),その違反に対しては,届出の催告(同法44条)及び過料の制裁(同法135条)が予定されている。そして,法が出生した子に係る転入届等の届出義務を課さなかったのは,その義務を課すると,戸籍法の定める上記の届出義務に加えて二重の届出義務を課することとなるほか,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき住民票の記載をする方が,戸籍の記載と住民票の記載との不一致を防止し,住民票の記載の正確性を確保するために適切であると判断されたことによるものと解される。また,法は,このような制度趣旨に基づき,住民票の記載を戸籍の記載と合致させるため,・関係市町村長聞の通知の制度(法9条2項)を設けている。なお,住民は,常に,住民としての地位の変更に関する届出を正確に行うように努めなければならず,住民基本台帳の正確性を阻害するような行為をしてはならないものとされている(法3条3項)。このような法の趣旨等にかんがみれば,法は,上記の両手続のうち,届出の催告等による方法を原則的な方法として定めているものと解するのが相当である。したがって,市町村長は,父又は母の戸籍に入る子について出生届が提出されない結果.住民票の記載もされていない場合,常に職権調査による方法で住民票の記載をしなければならないものではなく,原則として, 出生届の届出義務者にその提出を促し,戸籍の記載に基づき住民票の記載をすれば足りるものというべきである。
(3) もっとも,上記(1)のとおり,住民基本台帳は,出生した子が当該市町村に住所を有する限り,戸籍の記載がされたか否かにかかわらず,最終的には,それらの子につきすべて住民票の記識をすることを制度の基本としており,その記載を基礎として,住民に関する事務処理が行われるのであるから,その記載がされなければ,当該子が行政上のサービスを受ける上で少なからぬ支障が生ずることが予想される。したがって,戸籍に記載のない子については,届出の催告等による方法により住民票の記載をするのが原則的な手続であるとはいえ,その方法によって住民票の記載をすることが社会通念に照らし著しく困難であり又は相当性を欠くなどの特段の事情がある場合にまで,出生届が提出されていないことを理由に住民票の記載をしないことが許されるものではなく,このような場合には,市町村長に職権調査による方法で当該子につき住民票の記載をすべきことが義務付けられることがあるものと解される。
(4)本件においては,前記事実関係等のとおり, ①上告人父は上告人子に係る胎児認知届を提出して受理された,② 本件出生届は,嫡出子文は非嫡出子の別を記載する欄及び届出人欄の記載を除けば,添付された出生証明君の記載も含めて,不備のない届出であった,③ 上告人子は.現在も世田谷区内の上告人父母の住所で監護旋育されており,その居住実態や通名に変更を生じたことはうかがわれないなどというのであるから,住民票に記載すべき上告人子の身分関係等は明らかであったというべきである。したがって,仮に区長において,上告人子につき上告人母の世帯に属する者として住民票の記載をしたとしても,法の趣旨に反する措置ということはできず,むしろ,このような措置を執ることで,上告人子に関する画一的な処理が可能となり,被上告人における行政上の事務処理の便宜に資する面もあるということができる。.それにもかかわらず区長が上記のような措置を講じていないのは.本件において,上告人母が上告人子に係る適式な出生届を提出することに格別の支障がないにもかかわらず,その提出を怠っていることによるものと考えられる。上告人母が上記提出をしていないのは,前記第1の2(2)の事情等からすれば,その信条に基づくものであることがうかがわれるところ,区長は,このような信条にも配慮.して,付せん処理の方法による本件出生届の受理を提案したのであり, しかも,区長の本件不受理処分に違法がないことについては司法の最終的判断が確定しているのである。したがって,上告人母が出生届の提出をけ怠していることにやむを得ない合理的な理由があるということはできず,前記の特段の事情があるということもできないから,区長が上記のような措置を講じていないことが,この観点から法の趣旨に反するものということはできない。-
(5) また,住民票の記載がされないことによって上告人子に看過し難い不利益が生ずる可能性があるような場合は,たとい上告人母の上記け怠にやむを得ない合理的な理由がないときであっても,前記の特段の事情があるものとして,区長が職権調査による方法で上告人子につき住民票の記載をしなければならないこともあり得ると解されるところではある。しかし,前記事実関係等によれば,上告人子においては,住民票の記載を欠くことに伴う最大の不利益ともいうベき,選挙人名簿への被登録資格を欠くことになるという点に関しては,その年齢からして,いまだその不利益が現実化しているものではなく.また,被上告人は,住民基本台帳に記録されていない住民に対しでも,手続的に頼さな点があり得るとはいえ,多くの場合,それに記録されている住民に対するのと同様の行政上のサービスを提供しているというのである。なお,本件記録によっても,上記のような措置が講じられないことにより上告人子に看過し難い不利益が現に生じているような事情はうかがわれなし、。したがって,区長が上記のような措置を講じていないことが,この観点から法の趣旨に反するものということもできない。
(6) 他に,区長において上記のような措置を誹じていないことを違法とすべき特段の事情は見当たらない。そうすると,区長において,上告人子につき上告人母の世帯に属する者として住民票の記載をしていないことは,法8条,令12条3項等の規定に違反するものではないというべきであり, もとより国家賠償法上も違法の評価を受けるものではないと解するのが相当である。したがって,上告人らの損害賠償諾求には理由がない。
3 よって,上告人らの損害賠償請求を棄却すべきものとした原審の判断は是認することができる。論旨は採用することができない。
第4 結論以上のとおり,上告人子の取消請求に関する訴えは不適法であり,同訴えに係る請求につき本案の判断をした原判決は失当であるから,原判決中同請求に関する部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消し,上記訴えを却下すべきである。そして,上記訴えは,不適法でその不備を補正することができないものであるから,当裁判所は,を拒否することは,関連が深いとはいえ,別個の制度である戸籍と住民基本台帳とを混同するもので・あって,先に述べたように,住基法の趣旨に反し,違法というべきである。住民票に記載されないことについて上告人母に責任があることは,国家賠償法による損害賠償責任を考える際に考慮すれば足り,かつそれで十分である。

3 以上のように,本件の住民票の記載を拒否した区長の措置は住基法による義務に違反し,違法であるといわなければならない。しかしながら,住基法上違法であるからといって,それにより国家賠償法上も直ちに違法となるわけではない。すなわち,本件は,上告人母が戸籍法の規定に違反して上告人子の出生届を提出しなかったため,区長が住民票に記載しなかったとし、う事案である。ところで,戸籍に記載のない子については,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき住民票の記載をするというのが,前記のように法の予定する原則的な方法であるとともに,従来の一般的な行政実務の取扱いであって,区長もこのような一般的な取扱いに従い,職権調査による方法で上告人子につき住民票の記載をする措置を講じなかったということができるのである。そうすると,区長の判断が,公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とされたものということはできず,区長の措置について国家賠償法1条1項にいう違法がないというべきである。( 裁判長裁判官今井功裁判官中川了滋古田佑紀竹内行夫)
上告人らの上告受理申立て理由(中略)
第12 原判決は住民基本台帳の記載に係る市町村長の責務についての法解釈を誤っている(住民基本台帳法違反ならびに地方自治法違反)
1 原判決の判示(原判決17-18,21ページ)原判決はr(住民基本台帳)法1条は同法の目的を,法3条1項は市町村長の責務を,法5条は市町村は住民基本台帳を備えるといった一般的な事項を定めているものにすぎないし,施行令12条3項は住民票に脱漏,誤載等があった場合のことを定めているので‘あって,法8条が職権で・住民票の記載を行うことがあることを定めていることの法解釈は前記のとおりであるから,上記諸規定から,市町村長が,一般的に住民票記載の裁量権限を有し,居住実態のある住民が存する場合には,職権でこのことを住民票に記載すべき法的義務を負っていると解することはできない。J(原判決17-18ページ)とするとともにr(地方自治)法13条の2は,自治行政の基礎となる住民の記録に関する市町村の責務に関する基本を定めた規定であって,同条を根拠として定められた法律が法である。そして,本件処分が法に反しないことは前記のとおりであり,したがって,本件処分が地方自治法13条の2に反するということもできない。J(原判決21ページ)と判じた。
2 施行令の条項解釈のみによって上位法の規定を無視するとしゅ原判決の間違い原判決が「本件処分が法に反しないことは前記のとおり」という判断を導き出しているのは,本書面第11の通り,住民基本台帳法施行令12条各項の解釈によるものである。原判決の同条解釈自体に誤りがあることも前述したが,いずれにしても前記本書面第11の4小括で述べたとおり,原判決は住民基本台帳法施行令12条に照らして,出生届未済のまま子の住民票記載を行っても行わなくても違法ではないというに等しいのである。であるとすれば,たとえ本件処分が住民基本台帳法施行令12条に照らして違法とはいえない旨の判断を導き出したとしても,住民基本台帳に係る市町村長の責務については,国会の承認を要さない施行令のみの解釈に終始することなく,上位法である住民基本台帳法ならびにさらに上位である地方自治法の規定を検討しなければならないことは言うまでもない。そもそも住民基本台帳法は, r地方公共団体の組織及び運営に関する事項は,地方自治の本旨に基いて,法律でこれを定める。」とした憲法第92条に基つ’いて制定された地方自治法の第13条の2r市町村は,別に法律の定めるところにより,その住民につき,住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならない。Jの定めによって制定された住民登録法(昭和26年法律第218号。1967年(昭和42) 11月10日廃止。)に代わって制定されたものである。その制定時には「地方自治の本旨を尊重し,かつ,住民基本台帳の本来の趣旨にのっとり,この制度の適切な運用を期することJ(842615参議院地方行政委員会付帯決議3) との国会決議があったことも忘れてはならない。国会での議決を得たのは,住民基本台帳法ならびに付帯決議までであって,施行令は国会の承認を経ないものである。同施行令は同法の第8条「住民票の記載,消除文は記載の修正・…・・は,・…・・規定によるほか,政令で定めるところにより,この法律の規定による届出に基づき,文は職権で行うものとする。Jとの定めにより,国会の議決を経ずして内閣が定めたものである。国会の議決を経ていない施行令の解釈に終始した結果,たとえ本件処分が住民基本台帳法施行令12条に照らして違法とはし、えない旨の判断を導き出したのだとしても,そのことを理由として国民から選出された国会議員による議決を得た住民基本台帳法ならびに地方自治法といった上位法の規定の検討を排除するようなことは,司法としてあってはならない。この点のみでも,原判決は,司法としての役割を果たしておらず,理由不備の違法を免れず,破棄されなければならない。
3 地方自治法ならびに住民基本台帳法における住民基本台帳に係る市町村長の責務そこであらためて,地方自治法ならびに住民基本台帳法における住民基本台帳に係る世田谷区長の責務を本件に照らして検討する。地方自治法は,第10条に「市町村の区域内に住所を有する者は,当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする。2 住民は,法律の定めるところにより,その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し,その負担を分任する義務を負う。」と定めるとともに,第13条の2で「市町村は,別に法律の定めるところにより,その住民につき,住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならない。」と市町村の責務を定めている。申立人子の住所地を確定した上で,世田谷区長が児童手当,乳幼児医療券等の支給を行っていることからすれば,申立人子の地方自治法10条1項にし、う住所は確定されている。それはすなわち,申立人子が地方自治法上,世田谷区の住民たる地位にあり,世田谷区長は,同法13条の2が定める責務を免れることはできないので、あって,これに反する本件処分が地方自治法に違反することは明らかである。また,住民基本台帳法は,第1条に「……住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め,もって住民の利便を増進する……ことを目的とする」と法の目的を明らかにし,第3条1項に「市町村長は,常に,住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに,住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」と市町村長の責務を定め,第5条には「市町村は,住民基本台帳を備え,その住民につき,第7条に規定する事項を記録するものとする。Jとし,記載の仕方については,第8条で「住民票の記載,消除又は記載の修正……は,……規定によるほか,政令で定めるところにより,この法律の規定による届出に基づき,文は職権で行うものとする。」として届出のほか市町村長が職権で記載することも定めている。また,住民の住所については,第4条に「住民の住所に関する法令の規定は,地方自治法……第10条第l項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈してはならない。」と規定している。よって,地方自治法上,世田谷区の住民たる地位を有する申立人子の住所は,住民基本台帳法上も確定しており,世田谷区の「役務の提供をひとしく受ける権利を有しJている申立人子は,住民基本台帳法制定の目的である「住民の利便を増進」を受ける権利も同時に有するのであるから,住民基本台帳法第3条1項ならびに同法5条に定められた責務により,世田谷区長は申立人子の住民基本台帳の記載をしなければならないことは明らかである。またその記載は同法第8条により届出によらなくとも職権によって記載することもできるのである。住民基本台帳法施行令は,地方自治法ならびに住民基本台帳法で保障されている住民の権利を保護し,市町村長の法律上の責務を果たさせるために内閣が制定したものであって,間違っても,同施行令の解釈に終始することで上位の法律が定めている住民の権利や市町村長の責務を損なうことがあってはならないのである。このことからも原判決は法令の解釈適用を誤るものである。
4 小括以上のように原判決は,国会の決議を経ない住民基本台帳法施行令の解釈に終始するあまり,その施行令の上位にある住民基本台帳法ならびに地方自治法が規定する住民の権利や市町村長の責務に関する定めを無にするものであり,法令の解釈適用を誤り,理由不備ないし理由阻踏の違法は明らかで・あって,破棄を免れない。
第13 住民票の記載につきこれが世田谷区長の裁量事項であるかのように述べる見解は失当とすることの,原判決の法令解釈違反
1 原判決の判示(原判決16-18,20ページ)原判決は「……子が出生したことにより住民票の記載がされるべき場合については,施行令12条2項1号がその手続を定めているものであって,市町村長が出生届を受理することにより,その後の手続は職権によって住民票に出生した子の記載をすることとされているものと解することができるo したがって住民票の記載につきこれが世田谷区長の裁量事項であるかのように述べる1審原告Xlの見解は失当といわなければならない。J(原判決16-17ページ)としたうえで「……諸規定から,市町村長が,一般的に住民票記載の裁量権限を有し,居住実態のある住民が存する場合には,職権でこのことを住民票に記載すべき法的義務を負っていると解することはできない。J(原判決17-18ページ)と判じ,加えて「仮に職権により記載すべきかどうかについて,世田谷区長に一定の裁量があるとしても,……同区長に裁量権の範囲を逸脱,濫用した違法があるといえないことは明らかである。」(原判決20ページ)と判示した。
2 世田谷区長は申立人子の住民票記載の裁量を有するそもそも住民基本台帳事務は,法定受託事務ではなく市町村の自治事務であり(地方自治法第2条9ないし10),したがって地方自治法第2条12の「法律又はこれに基づく政令により地方公共団体が処理することとされる事務が自治事務である場合においては,国は,地方公共団体が地域の特性に応じて当該事務を処理することができるよう特に配慮しなければならない。」との定めがあることに合わせて,前述のrS42615参議院地方行政委員会付帯決議3Jが「地方自治の本旨を尊重し,かつ,住民基本台帳の本来の趣旨にのっとり,この制度の適切な運用を期することJとしていることを考慮すれば,住民基本台帳事務における一般的な裁量権を世田谷区長は有しているというべきであって,これを否定するかのような原判決は,地方自治の本旨を損なうものであり違法である。自治事務においても,こと住民票の記載については,住民基本台帳法施行令7条が, r市町村長は,新たに市町村の区域内に住所を定めた者……があるときは……その者の住民票を作成しなければならなし、Jと定めており,さらに市町村長に対して,住民に関する正確な記録が行われるよう努める責務を課し(住民基本台帳法3条1項),正確性を担保するため市町村長に調査権限を与えている(同法34条)のだから,市町村長の住民票記載にかかる裁量は,その責務と合わせて当然に有するものと考えられる。とりわけ住民基本台帳法34条は「市町村長は,定期に,第7条に規定する事項について調査をするものとする。
2 市町村長は,前項に定める場合のほか,必要があると認めるときは,いつでも第7条に規定する事項について調査をすることができる。
3 市町村長は,前2項の調査に当たり,必要があると認めるときは,当該職員をして,関係人に対し,質問をさせ,文は文書の提示を求めさせることができる。……」とする調査についての強い権限を市町村長に付しているのであり,これは市町村長の住民票記載にかかる裁量を担保するための権限に他ならない。これは,原々判決が「……当該住民票作成の判断については諸般の事情を総合考感した上で,個別・具体的な事案ごとに行われるべきものであって,住民基本台帳を管理し,また,その記載事項について調査権を有する市町村長の合理的な裁量にゆだねられていると解すべきである。J(原々判決12ページ)とした判断こそが正当なのであって, r住民票の記載につきこれが世田谷区長の裁量事項であるかのように述べる……見解は失当といわなければならない。」とする原判決の判断は失当といわなければならない。このことは,原判決自身が「……仮に職権により記載すべきかどうかについて,世田谷区長に一定の裁量があるとしても……」として実質的に住民票記載について「世田谷区長に一定の裁量がある」ことを認めていることとも矛盾する。
3 小括以上のように,申立人子の住民票記載にかかる裁量を世田谷区長が有しており,それを否定するかのような原判決には明らかな法令解釈の誤りがあることを確認したうえで,次に本件において世田谷区長に裁量権の範囲を逸脱,濫用した違法があるかどうか検討する。
第14 世田谷区長に裁量権の範囲を逸脱,濫用した違法があるといえないとした原判決の法令解釈違反1 原判決の判示(原判決19-20ページ)原判決は「……子が無戸籍の状態にある場合において,…・・・なお,職権で・住民票の記載をすべき場合があるとしても,それは極めて例外的な場合に限られるというべきであり,せいぜい, 1審被告が主張するように,子が出生の届出を行うことによって,届出義務者や子が重大な不利益を被る場合で,かつ,戸籍法によって義務付けられた出生届の提出を求めることが社会通念上,届出義務者に期待できないような場合に限定されるというべきである。」としたうえで,出生届の「届出義務者である1審原告父母が届出をしようと思えば容易にできる状況にある,すなわち法律上届出をすることに支障はないにもかかわらず,その信条によって法が何人に対しても予定している手続をあえて拒否し届出をけ怠しているものである。したがって,本件において,出生届の提出を求めることが社会通念上,届出義務者に期待できないような場合に当たるとはし、えないというべきであるから,上記例外的に許される場合として裁量により職権で住民票の記載を認めるべき場合に当たるとはし、えない。Jとし,さらに「以上の次第であるから,本件処分は適法である。なお,仮に職権により記載すべきかどうかについて,世田谷区長に一定の裁量があるとしても,前記したところからして,同区長に裁量権の範囲を逸脱,濫用した違法があるといえないことは明らかである。」と判じた。
2 本件処分は世田谷区長の裁量権の範囲を逸脱文は濫用したものであって違法であるまず,本書面第4で述べたとおり,原判決が示した「……子が無戸籍の状態にある場合において,……,職権で住民票の記載をすべき場合があるとしても,それは……子が出生の届出を行うことによって,届出義務者や子が重大な不利益を被る場合で,かつ,戸籍法によって義務付けられた出生届の提出を求めることが社会通念上,届出義務者に期待できないような場合に限定されるJというような基準を設けることは,何をもって「子が出生の届出を行うことによって,届出義務者や子が重大な不利益を被るJのか,また何をもって「戸籍法によって義務付けられた出生届の提出を求めることが社会通念上,届出義務者に期待できないような場合Jというのかあいまいであり,事務処理要領で示されている住民票記載の実務の統一性を阻害するものであり,原判決のこの判断は失当である。申立人子については,氏名も住所など住民基本台帳の記載に必要な事項も確定しており.r子が無戸籍の状態にある場合において」も事務処理要領にしたがえば住民票記載は容易に行えるのであって,事実,相手方も「住民票そのものを記載すること自体については確かに特段の支障はない。Jと認めている(平成19年7月31日付第1審被告世田谷区控訴理白書10ベージ)。したがって.r……子が無戸籍の状態にある場合において,・…・,職権で住民票の記載をすべき場合があるとしても,それは・…・・子が出生の届出を行うことによって,届出義務者や子が重大な不利益を被る場合で,かつ,戸籍法によって義務付けられた出生届の提出を求めることが社会通念上,届出義務者に期待できないような場合に限定されるJというような基準を設けること自体が無効であるから,原判決のこの判断が世田谷区長の裁量を制限するには当たらない。次に,原判決は,出生届の「届出義務者である1審原告父母が届出をしようと思えば容易にできる状況にある,すなわち法律上届出をすることに支障はないにもかかわらず,その信条によって法が何人に対しでも予定している手続をあえて拒否し届出をけ怠しているものである。したがって,本件において,出生届の提出を求めることが社会通念上,届出義務者に期待できないような場合に当たるとはいえないというべきである」としているが,前述のように「出生届の提出を求めることが社会通念上,届出義務者に期待できないような場合」とし、った基準を設けること自体が無効であることに加えて,申立人父母の「信条」である「出生届の「父母との続柄」欄の記入が子を「嫡出子Jと「嫡出でない子Jと分けて表記すること自体が婚外子に対する差別に当たるというもの」であって,出生届出において「嫡出でない子」なる表記を拒否していることについては,本書面第9ないし第10で詳述したとおり,相当の理由があるのであるから,原判決のこの判断も,申立人子の住民票記載を妨げることはできない。以上のようであって.r世田谷区長は,本件処分時において,例外的な場合として,原告子の住民票の記載をすべきであったにもかかわらず,世田谷区長が上記事情を基礎にした裁量判断を何らせず,形式的に,出生届が受理されていないことを根拠として住民票に記載しない処分に至ったことは,その裁量権の範囲を逸脱又は濫用したものであって違法である。J(原々判決13ページ)とした原々判決こそ正当なのであって, r同区長に裁量権の範囲を逸脱,濫用した違法があるといえなし、Jとした原判決の判断は失当といわざるを得ない。
3 小括よって,本件処分は住民票記載にかかる世田谷区長の裁量権の範囲を逸脱文は濫用したもので、あって違法であり,本件処分を「違法があるといえない」とした原判決は破棄されなければならない。ここまで,本件処分の取消請求に関わる原判決の違法について,その理由を述べた。次に,申立人子の住民票作成の義務付け請求に関わる,原判決の違法の理由を述べる。(中略)
第17 損害賠償請求について
1 原判決の判示(原判決23ページ)原判決は「前記認定のとおり本件処分を違法とは認めることはできないのであるから,その余の点について判断するまでもなぐ, 1審被告に国家賠償法上の責任はなく, 1審原告らの1審被告に対する慰謝料請求は理由がない。」と判じた。
2 本件損害賠償請求は容認されるべきであるしかしながら,これまで述べたように,本件処分は違法を免れないものである。そして,本件処分によって,申立人らには,今後.申立人子が,年齢を重ね,就園・就学等さまざまな手続をしようとするとき,住民票が記載されていないとし、う状況が,住民サーピス支給制限につながらないかどうかとしみ不安が,常につきまとっている。さらには,申立人子の選挙権を侵害することになりかねないかという重大な懸念を持たざるを得ない。また,本件の経過に沿えば,相手方の主張は,住民票記載の条件として,国連勧告をして「差別的用語Jと指摘されている「嫡出でない子」とし、う用語の使用を申立人らに強制することにほかならない。これは,本件処分の差別性を本裁判において,申立人らが丁寧に説明し, 1審においては,申立人子の住民票作成の命令が出たにも関わらず,いまだ,住民票作成に至っていない事実からすれば,本裁判を提起した当初よりもさらに,本件処分における国家賠償法第1条にいう「公権力の行使に当る公務員」による「故意文は過失」の性格は高まったといえる。このことが,申立人らにもたらす精神的苦痛は著しいものがあり,また,前記のように本件処分は国家賠償法上の違法にも当たるので,申立人らの本件損害賠償請求は容認されるべきである。
3 小括以上のように本件処分は国家賠償法上も違法であるので,相手方に「国家賠償法上の責任はな」いとした原判決は破棄されなければならない。

タグ

トラックバック&コメント

この投稿のトラックバックURL:

コメントは受け付けていません。

このページの先頭へ